第12章 忍びの庭 後編
『愛。お前はいいのか?』
今度は秀吉が愛に尋ねる。
「なにが?」
『その…元いたところに帰れなくなっても…。
もし、お前が本当は帰りたいと言うのなら、もう一度…』
「いいの」
秀吉の言葉を遮るように、愛が笑ってみせる。
「さっきも言ったけど、私、佐助君が一緒に帰らないのなら、
私だけ帰っても意味がないの。待ってる家族も恋人もいるわけじゃない。
今となっては、佐助君だけが私の家族みたいなものだから。それに…」
少し遠い目をしながら、丁寧に言葉を紡ぐ。
「佐助君が私を一生懸命五百年後に帰そうとしてくれたのは、
私に夢があって、それが叶うところだったからなの」
『愛の夢はなんだったんだ?
そんなに簡単に捨てていいのか?』
秀吉が心配そうに言う。
「捨てないよ!むしろ、今叶ってるの。
私は、私が作った服で、着た人が喜んでくれる事が好きだから、
それを仕事にしたいって思ってて。
でもね、信長様やみんなにおかげで、ここでも出来るってわかったの」
『なるほどな。手習いにしては完成度が高かったのは、
本当にやりたい事だったからなのか。
じゃあ、今後は俺の着物は全て愛に仕立てて貰おう』
そう言う秀吉の顔は、自分の事のように嬉しそうだった。
(こんな時でも秀吉さんの笑顔は破壊力があるなぁ…)
まじまじと顔を見つめている愛に、
『どうしたんだ?』
秀吉は目元を赧めながら尋ねる。
「ううん。秀吉さんがモテる理由がわかるなって。
あ、秀吉のファンクラブの女性に贈る着物も作るからね!」
そう言うと、漸く満面の笑みを浮かべる。
『ふぁんくらぶってなんだ?』
「秀吉さんの追っかけの女性たちだよ」
『あんなの本気で俺を好きな奴はいないだろ。
俺から贈り物をするような女はあの中にいないよ』
(いるとしたら、目の前だけだ)
「えー?可哀想だよ。もっとちゃんと見てあげて?」
『こら、俺をからかうな。全く…。
でも、愛にその笑顔が戻ってよかった』
秀吉は愛の頭を掌でポンポンと叩く。
『それじゃ夕餉までゆっくりしてろ』
そう言うと、笑顔で部屋を後にした。