第12章 忍びの庭 後編
「幸村様」
夜も更けた頃、幸村は毎晩謙信の酒に付き合わされて、漸く解放された。
部屋に戻った瞬間に、廊下から声がする。
『なんだよ、俺はもう飲まねーぞ』
不機嫌そうに外に向かって返事をする。
「佐助様と同行していた軒猿が、信長からの書状を持ち帰りました。
今一度、広間にお戻り下さい」
『佐助はどうしたんだよ…』
幸村は不安を覚えた。安土に佐助が潜入していながら、
信長からの書状を持ち帰ると言う大きな出来事を報告してこないわけがない。
微睡みかけていた意識を鮮明にして、広間へと急いだ。
広間には、既に謙信、信玄と、書状を持ち帰った軒猿がいた。
「遅いぞ。幸村。早くしろ」
謙信は既に書状を手元に広げていた。
『何が起こったんですか』
真剣な声を出しながら、信玄の隣へ座る。
「佐助が織田に捕まった」
冷たく低い声で謙信が言う。
『なんだって?あいつがそんなヘマをするわけが…』
すると、目の前の忍びは幸村に向き直り頭を下げる。
「申し訳ありません。警戒が強まっている安土城に佐助が潜入した際、
私の失態で、佐助からの文も受け取れず、自分も拘束されてしまいました…。
上杉の軒猿として、あってはならないことを…」
畳に額を付け、目の前の忍は一気に話した。
「状況は解ったから、お前はもう休め。謙信も下がって良いと言っていただろう。
まだまだやる事はあるんだからな」
信玄が労うように言うが、
「しかし…自分はこの責任を取らねば気が済みません」
そのやり取りを冷たく見つめていた謙信が口を開く。
「お前が責任と言う名のもとに、腹でも切れば佐助はここに戻るとでも言うのか?
それはお前の自己満足にすぎん。責任を取ると言うならば、今後も身を粉にして上杉に尽くせ。
わかったら、さっさと下がるが良い」
忍は頭を下げ、広間を後にした。
『それで?その書状には何と書いてあるのですか』
幸村は待ち切れずに謙信に訊ねた。
「佐助を無傷で返すかわりに、此度の戦を起こすのをやめ、協定を結べと言ってきた」
謙信は、苦々しい顔で言うと、書状を幸村に投げる。
『それで…どうなさるんですか…』
「仕方あるまい」
絞り出すような声の謙信に、
『そんなっ、佐助を見殺し…』
言いかけた幸村に信玄がポンと手を置く。
幸村が振り向くと、その顔は穏やかなものだった。