第12章 忍びの庭 後編
『光秀さん』
佐助は拘束されたまま低い声で光秀に声をかける。
「なんだ」
足を止めずに光秀が返事をする。
『お願いがあるんです』
その声に光秀は呆れたように、ふりかえった。
「お前は捕まってからというもの、お願いばかりだな。
ふてぶてしい忍びだ…まぁいい言ってみろ」
少し笑いを含ませながら言う。
『俺の処刑は、愛さんに気づかれないようにして貰いたい。
もし、命を落としたとしても、どうにか春日山に戻ったと言う事にしてもらえないでしょうか』
無表情のまま、淡々と告げる佐助に、軽く目を見開いた光秀は、
「お前は、上杉は交渉に乗らないと踏んでいるのか」
と、訊く。
佐助は迷いのない声で、
『俺ひとりごときに、戦を止める主君ではありません。
しくじったのは俺ですから。覚悟は出来てます。
それに、この戦は上杉だけの一存でやるやらないを決められる物では無いですから』
と、答えた。
「武田か」
光秀は呟くように言うと、
「解った。悪いようにはしないと約束しよう」
それだけ伝えると前を見据えた。
『ありがとうございます』
佐助もそれだけ伝えると、牢に着くまでの間、口を開くことは無かった。
地下牢に着くと、佐助を中に入れ鍵をかける。
「くれぐれも、変な気は起こすなよ。
お前が色々な意味で望みをまだ持っているのなら
命はまだ大切にしていろ」
光秀が声をかけると、縄を外され自由になった両手を解しながら、
少しだけ表情を緩めた佐助が、
『大丈夫です。これ以上拗らせても、お互いにメリットありませんから』
と言う。
「めりっと?それも未来の言葉か。
まぁ、大人しくしているとよい」
光秀はそう言うと踵を返した。
『愛がたった三ヶ月でも、みんなを好きになる理由は
何と無くわかったかもな…』
誰に言うでも無い言葉を呟き、
冷たい床に静かに腰を下ろした。