第12章 忍びの庭 後編
そのまま、泣き崩れる愛を、
もう一度秀吉が支えて座らせる。
「佐助とやら。お前の独り相撲だったということだな」
信長が面白そうに話しかける。
泣き喚いている愛の声を聞きながら、
佐助は頬の痛みよりももっと大きな痛みを胸に感じていた。
『愛さん…ごめん。俺は…君を現代に帰すことだけに夢中で、
君の気持ちを考えてなかったんだね。
確かにそうだ。俺がそう思うなら、君だって例え三ヶ月であっても…
本当にすまなかった』
そう言うと、今度は愛に向かって頭を下げた。
「で、結局これ…どうするんですか?」
家康が、収集がつかない展開になってきたこの状態を信長に尋ねる。
「まず、そもそも俺は愛、貴様を手放す気は毛頭ない。
故に、明日本能寺に織田軍が届けるために動くことはない」
そうキッパリ言い放つ。
「そして、佐助、お前はいくら調謀でないとはいえ、
政宗の言うように口では何とでも言える。このままやすやすと上杉に帰す気もない」
信長は三成を見ると、
「以上の事を踏まえて、三成。織田軍のためだけに策を考えろ」
口端を上げて言った。
「はっ」
暫く考えた三成が口を開く。
その顔は、戦の際に見せる参謀の顔だ。
「まず、佐助殿は今や上杉の右腕と言われるほどの忍びです。
本来なら生きて帰すことは出来ないところではありますが…」
そこまで聞いた愛は、ゴクリと息を飲む。
「交渉の材料には十分かと」
「交渉ね。確かに、上杉との戦、したいわけじゃないからね、こっちは。
準備はできてるけど、戦となれば、兵力無駄にもってかれるし、兵糧も。
何より、安土に近ければ近いほど民に負担がかかる」
家康が珍しく三成の意見に素直に同意を見せる。
三成は家康の言葉に頷くと、
「それに。佐助殿がこの時代に生きている限り、
愛様が悲しむ事もなく、織田軍も気兼ねなくゆかりの姫として
お側にいていただけるのでは…」
三成の言葉に愛は驚いて顔をあげる。
目があった三成は、先程までの参謀の顔ではなく、
いつも優しく微笑んでくれる三成だった。
「あんた、結局そこ?織田軍のために策を練ろって言われたんじゃないの」
家康が今度は呆れた顔で言う。