第12章 忍びの庭 後編
『わかって。君を無事に返すには、それしか方法がないんだ』
辛そうな佐助の声に、今まで我慢していた愛は思わず声を上げる。
「佐助君が一緒に居なかったら意味がない!
一人で帰っても、私一人ぽっちなんだか…んんっ」
愛は何が起きたのかわからず、佐助の腕の中で目を丸くする。
突然大きな声をあげた愛に、思わず口付けをしていた。
幼い頃から一緒にいても、一度も遊びのキスすらした事がなかった。
ずっとずっと愛の事が大好きだった。
だから大切にしてきたのだ。
守る事で、ずっと側にいられた。その関係を壊したくなかったから。
それでも、今自分の腕の中で泣きじゃくる、もう会う事ができなくなる愛に、
不器用ながらも、精一杯の自分の気持ちを伝えたかった。
どのくらいの間口付けされていたのだろう。
愛には、とても長い時間に感じた。
(佐助君にキスされてる…)
ぼんやりと思考の中、とても冷静な自分が分析を始めていた。
キスをされながら、まるで走馬灯のようにこの三ヶ月間が思い出される。
その記憶の一つ一つに、佐助が出てくる場面は少ないが、
それでも、いつも愛を笑顔にしてくれたのは佐助だった。
やっぱり自分がずっと待ち焦がれていた相手なんだと気づく。
(だって…嫌じゃない…なのに…)
「こんな時に気づかせるなんて、酷いよ…」
佐助の温もりが離れると、愛は小さな声で呟いた。
『ごめん…愛さん…。急に…』
「謝らないでよ。それに…もうお兄ちゃん達いないんだから、
私にさん付けで呼ばなくてもいいんだよ。本当に佐助君は律儀なんだからさ…」
『えっ?』
「知ってたよ。前にお兄ちゃんに聞いた。
なんで佐助君が急に私のこと、さん付けで呼ぶようになったのか。
ヒロトと勝負したんでしょ?負けた方が一生、愛さんて呼ぶって」
大学生になったある日、今まで〈愛〉と読んでいた佐助が、
〈愛さん〉と呼び出した。
最初は何かの冗談かと思ったが、何回あってもそう呼ぶので、
不審に思って兄に聞いた事があった。