第12章 忍びの庭 後編
「んんっ…!!」
愛が自室に戻り襖を締めると、音もなく誰かに口を塞がれた。
『ごめん愛さん。俺だ。大きな声を出さずに聞いて欲しい』
そう言うと、愛の口元から手をはずす。
振り向いた先に居たのは佐助だった。
「佐助君、どうしたの?!」
驚いてはいるが、音にはせずに愛が訊く。
佐助は愛を座るように促すと、
その身体を引き寄せ、耳元にかなり近づき小さな声で話し始めた。
(ちかいっ!けど…そういうんじゃ…ないもんね…)
胸のドキドキが佐助に聞こえてしまいそうで緊張する。
『今、ここにいる事が、多分織田軍バレてる』
「えっ…」
『しっ!』
佐助が人差し指を口にあてる仕草をすると、
愛は、あわてて口に手を当てる。
『今から言うことには、返事をしなくていいから聞いて』
佐助に抱きしめられるような体制で、必死に首をコクコクと動かす。
ずっと求めてきた佐助と再会が、色々な意味で想像を越えてしまっている。
腕の中の温もりと、差し迫っている事情が、あまりにもアンバランスで、
愛は、頭の整理をつけられないでいた。
『天井も庭も、囲まれている気配がする。
このままだと君を連れ出して京に向かう事が難しい。だから…』
佐助は少し言い澱むように言葉を切った。
不思議に思って愛は佐助見る。
(なんて苦しそうな顔してるの…佐助君…)
思わず、その頬に掌を当てると、
佐助はハッとしたように言葉を続ける。
『織田軍に事情を話す。
愛さんだけでも、本能寺に連れて行ってもらえるように…』
その言葉に愛は全力で首を振る。
「それじゃ佐助君が捕まっちゃう…」
今にも泣き出しそうな顔で訴える。
佐助は、いつもの無表情を崩し、柔らかく微笑む。
『俺は構わない。君さえ無事に現代に返せれば…それでいいんだ』
そう言って、愛の頭を優しく撫でた。
「だめ……っめだ…よ…いっ…じゃないと…」
小声と溢れる涙で上手く声に出せない愛を
佐助は衝動的に強く抱きしめた。
「さ…けくん…」