第12章 忍びの庭 後編
陽も傾き始め、二人は城へと向かい並んで歩いていた。
さっきまでの激しい三成の姿はなく、穏やかな笑顔を浮かべていた。
時折、目を合わせれば、すこし照れた様な愁いを帯びた表情をみせるのは、
やはり、恥ずかしいという気持ちがあるのかもしれない。
『愛様、何か欲しいものはございませんか?』
不意に三成が声をかける。
「え?」
『いえ…少しでも、私を覚えていて下さるなにかが有ればと思ったもので』
その言葉に愛は胸をギュッと握りつぶされそうになる。
あんなに熱い気持ちを持ちながらも、どこかで仕方ないと諦めている。
もしかしたら、いつも穏やかな顔の底では、
そうやって諦めてきた事が沢山あったのではないか。
そう思うと、自分の時間のなさが恨めしくもあり、
もっと側にいた時に気づけなかったのかと後悔すらする。
「もし…私が三成くんと離れてしまったとしても、
生涯、三成くんを忘れることなんてないよ。
ずっと…私の中で覚えてる。だから大丈夫だよ」
(それにね、五百年後には、あなたの名前を知らない人の方が少ないはずだよ)
三成は、愛の微笑みを見ながら、少し寂しそうな顔をする。
『愛様が、あの着物を召されるのを見られないのですね…
とても残念です…』
そう言いながらも、三成は愛の言葉に引っかかっていた。
(今、なぜ愛様は、もし…と言われたのでしょう)
「私も残念だよ…。みんなの晴れの姿を見届けられなくて…。
やっぱりちゃんと着てくれてる姿、見たかったな。それと…」
三成を見上げると、
「また線香花火したかったね」
眉尻を下げて寂しそうに笑う愛を見つめ、三成は口を開く。
『愛様、今夜…』
何かを言いかけた時、
『石田様こちらでしたか!直ぐに城にお戻り下さい!
光秀様がお探しです。愛様も!』
突然、光秀の家臣が声をかけてきた。
切迫した様な言い方に、三成はこうなる事を予想していたかのように冷静に、
愛は、驚きながらも頷く。
「何があったの?」
愛が三成を見る。
『多分…愛様にとってはあまり良い事ではないかもしれません』
その三成の言葉に、愛は背中を冷やす。
(まさか…佐助君に何か…)