第12章 忍びの庭 後編
愛は、言葉を紡ぐ事ができずにいた。
いつも穏やかな三成の、普段見せない感情的な部分を
今、身体中で受け止めていた。
熱い想いが、怒涛のように流れ込むのを感じながら、
でもどこか柔らかく優しい布団に包まれるるような穏やかさすら感じる。
「三成くん…」
そっと三成の背中に腕を回し、優しくさする。
泣きじゃくる子供を、ゆっくり宥める母の様に。
「いつもの三成君じゃないみたいだね」
愛は優しく、努めて優しく声をかける。
すると、ほんの少し三成の腕の力が緩められた。
『すみません…愛様。
光秀様に言われたのです。
もし、愛様が安土を去る事になったら、
お前は普通でいられるのか…と』
「光秀さんが?」
愛が驚いた声を出すと、三成はゆっくり身体を離して、
抱きしめてた両手で、愛の両手を握った。
『はい…。光秀様と、忍びについての策を練っている時です。
お前は、敵の忍びが憎いのか、愛様と接触する男が憎いのか…と訊かれました』
三成は、あの日の夜の会話を鮮明に思い出す。
忘れる事など一度もなかった。
自分が、初めて愛のために戦っているのだと、
知らしめられた日だ。
『愛様…私は貴女といると、自分が変わってしまいそうで怖かった。
どんどん私の思考の中が、貴女でいっぱいになる。
どんな策の先にも、貴女の笑顔があるのかと考えてしまうのです…。
それでも、貴女が私の前から消えてしまうと言うのなら、
きっとその方が、私は私で無くなってしまう。
貴女のいる世を知ってしまった今は、貴女がいない世には、もう戻れないのです』
その、嘘のない真摯な言葉に、愛は驚きこそしたが、
戸惑うことなく三成を見つめ返していた。
この真っ直ぐな想いに、生半可な応えも慰めもしてはいけないと強く想ったから。
そして、三成の気持ちにすぐに断りを伝えられるほど、自分の気持ちに確信が持てなかった。