第12章 忍びの庭 後編
『はい。全て私の提案です。
信長様が愛様に晴れ着を作らせると言われた時は、
本当に好機だと思いました』
「でも、なんで佐助くん…忍びを捕まえなかったの?
織田軍だったら、いくら腕の立つ忍びでも捕らえられるんじゃ?」
『機会はありました。
でも、愛様との関係がわからないまま捕らえては、
貴方にも咎がかかってしまうかもしれませんから…』
複雑な表情で目を伏せる三成の拳はギュッと握られていた。
いつもニコニコ笑ってくれていた裏では、三成なりの色々な葛藤があったのだと思うと、
愛の胸も複雑に苦しくなる。
『愛様を秀吉様の御殿に移したのは、
忍びに会わせたくなかったからでもありますし、
本当は、貴方が悲しんでいる時に、
一番に笑顔にする役目を私がしたかったのだと思います』
更に力が込められる拳に、愛はそっと手を重ねる。
不意に感じた温もりに、三成は驚いて顔をあげた。
「ごめんね、三成くん。
とても辛いことさせてたよね。きっと、凄く葛藤したと思うし…。
何も気づいてあげられなくてごめんね…」
思いがけない愛の言葉に、強張っていた三成の顔は少し力が抜ける。
『愛様…。いいえ。決めたのは私です。
織田軍の参謀という立場を利用して、私情であなたの側にいたいなどと…
あってはならない事なのですから。
けれど、これ以上あの忍びがあなたの周りをうろつく様であれば、
私は私の役目を果たさなければいけなくなります』
こんなにも、自分を守ろうとしてくれていた事を改めて知った愛は、
明日居なくなる事を、三成には話さなければならないと感じた。
自分に信用がないから御殿を移されたり、城下を必死で探し廻られたわけではなかった。
自分を信用してくれていたからこそ、敵ではないと必死に守ろうとしてくれていたのだ。
少なくとも、織田軍としてではなく、石田三成という人間はそうしてくれていた。
「織田軍の優秀な参謀さん?」
愛は敢えて三成におどけてみせた。
「今度は私の、突拍子も無い話を聞いてくれますか…」
そう言うと、手に中に収めていた三成の拳をそっと開き、もう一度包み直した。