第12章 忍びの庭 後編
『早く終わらせたいんで、もういいですか?』
家康が不機嫌そうな声を出す。
『あ、あぁ悪い…。愛ありがとな。仕立ても完璧だ。大切にするよ』
そう言うと、名残惜しそうに家康と入れ替わる。
「今用意するね」
そう言うと、衣桁から光沢のある淡黄(たんこう)の着物を手に取った。
木蓮を思わせるような優しい温かみのある晴れ着が、ふわっと家康を纏う。
『あんたの匂いがする…』
「え?なんて言ったの?」
誰にも聞こえないくらいで呟いた家康の声を愛が聞き返した。
『なんでもない…凄く良い色って言ったの』
「よかった、気に入ってくれた?
いつも家康が着ているのとはだいぶ違う黄色味だけど、
晴れ着だからこっちの方が華やかになると思って」
『いいんじゃない?晴れ着なのに重たくないし。これ…椿?』
「似てるけど、これは山茶花だよ」
『さざんか?』
他の晴れ着より、だいぶ大胆に刺繍された山茶花は、
淡黄に合うように、赤というより飴色に近い糸を使って施した。
「ぱっと見が椿のようにも見える山茶花だけど、少し違うの。
山茶花は椿のように首からは散らないんだよ」
この時代の人、特に武士たちは首がもげるように散る椿を好まないと、
佐助が前に教えてくれたことがあった。
『へぇ。そんなとこも考えてるのか。お前えらいな』
横から政宗が口を挟む。
『それで、そのさざんかとやらの花言葉はなんだ』
知らない物に興味を持つ信長が、山茶花の花言葉を急かした。
「山茶花の花言葉は、〈ひたむき・困難に打ち勝つ〉です」
その言葉を聞くと、信長は妙に満足そうな顔で愛と家康を見た。
『愛、貴様もとぼけたふりをして、良く人を見ているようだな』
『ひたむきって…どこが良く見てるの…』
家康は対照的にずっと目をそらしたままだ。
「家康は、強いのにもっと強くなろうっていつもひたむきに努力してるじゃない。
それに、今までも沢山困難に打ち勝ってここまで来たんでしょ?だから…」
『もういいよ。そういうの言葉にしないで』
顔を赤く染めたまま自分の席に戻ろうとする家康だったが、
『ありがとう…』
愛にだけ聞こえる声ですれ違いざまに声をかけた。
(よかった…)
愛は嬉しそうに家康を見ると、にっこり微笑んだ。