第11章 忍びの庭 前編(佐助)
『佐助、遅いぞ!ここで見つかったらめんどくセー事になるだろ』
秀吉の御殿の近く、路地裏で待たされていた幸村は苛だたしげな声をあげた。
「悪い。幸。
でも、愛さんにちゃんと話せたから」
幸村は、そう言う佐助をマジマジと見ながら、
訝しげな顔をした。
『お前…なんか、顔赤くねぇか?具合悪いのか?』
その言葉に、佐助は、
たった今まで抱きしめていた愛の温もりを思い出した。
「いや、大丈夫だ。なんでもない。
少しだけ幸せに浸っていただけだ」
『はぁ?なに訳わからねーこと言ってんだよ』
「幸には刺激が強すぎるから…
さぁ、早く行こう。謙信様に斬られたくない」
いつもより少しだけ浮ついたように見える。
『お、お前やっぱりあの女の事…、
す、す、好き…なんじゃ、ねぇの?』
何故か佐助よりも真っ赤な顔になりながら、
幸村が照れていた。
「幸…。もうこの話は終わりだ。
くれぐれも愛さんの前で言わないでくれよ。
困らせたく…ないんだ」
先程までの浮ついた顔影を潜ませ、
どこか苦しそうな目をしている佐助の表情に、
『お、おう、なんか…ごめん。
でも…、何かあったらいつでも言えよ!
俺は、お前のトモダチなんだろ?』
そう言うと、佐助の肩をポンと叩く。
佐助の口真似しながら、自分を励まそうとしている幸村に、
ふっと笑みを零すと、
「あぁ。ありがとう。幸は…ズットモだよ」
そう言って、歩き出す。
『お、おい、待てよ!
全く。待たせといて先行くなよ!』
春日山城で待つ、自分の居場所を与えてくれた謙信や、
こうやって、不器用な友情を無条件で与えてくれる幸村、
そして、いつも大人な対応で、自分を含めた個性的な面々を
見守ってくれている信玄。
幼い頃からずっと一緒だった愛も、
自分を信じて待つと言ってくれた。
(愛、君の事は絶対に現代に送り届ける。
もし、俺がこの時代に残る事になったとしても…必ず)
佐助は、自分の身の回りの人達を思い、
拳に力を込め、新たな覚悟で春日山へと急ぐのだった。