第11章 忍びの庭 前編(佐助)
「一度、愛様と反物屋に出かけた帰りに、
何者かに付けられたのですが、愛様のご様子からして、
何も知らなかったと思います」
三成の報告に今度は秀吉が驚く。
『お前…あの日何もなかったと言ったじゃないか!』
「申し訳ございません。はっきりとするまでは、
容易に漏らさぬ方が、秀吉様のお手を煩わせないかと思いましたので…」
秀吉は、本当に申し訳なさそうな声を出す三成に、
それ以上何も言えないながらも、複雑な表情を浮かべていた。
(だから愛が一人になることを気にしていたのか…)
『それで?なんでその忍びが愛に近づこうとしてるかわかったの?』
家康が光秀を見ながら言う。
「まだ、詳しいところまではわからん。
だが、その忍びが、数年前に突然現れ謙信の命を助け、
そこから忍び集団に属するようになり、今ではその筆頭までのし上がっている。
不思議なことに、それ以前の情報は一切なく、仲間内でも出どころは不明なままらしい」
『なんだか、どこかで聞いたような話だな』
政宗が愉快とばかりに、口元に笑みを携える。
『愛がどこから来たのかその忍びは知ってるとか?」
家康が不機嫌そうに言うと、
「可能性はあるな」
と光秀もニヤリと口端をあげて言う。
それまで武将たちのやり取りを黙って見ていた信長は、
『何にせよ、今一番の大きな敵である上杉の鼠とあれば、
どの様な理由であっても、見逃す事はできん。次に現れた時は、全力で潰せ。
あの面白い女を連れていかれても困るからな』
広間に響き渡る低い声で言った。
〈はっ〉
全員が揃って返事をする。
夕刻、軍議が終わると、御殿に使いを出していた秀吉の家臣が近寄って来た。
『秀吉様、台所番には、政宗様がいらっしゃる旨伝えて参りました』
「あぁ。ありがとうな。愛はまだ部屋に篭ってるのか?」
『いえ、愛様は城下の反物屋まで、ウリ様と一緒に出かけられたそうです』
家臣が笑顔で報告すると、みるみる秀吉の顔は険しくなる。
「おい、三成!」
『はい、如何致しました?』
「愛が一人で城下に出ているそうだ」
その一言を聞くと、三成は何も言わず一目散に走り出す。
あまりの速さに秀吉も家臣も呆然と見送ったのだった。