第11章 忍びの庭 前編(佐助)
女中がそっと、抱きしめている着物を抜いて、衣桁にかける。
陽の光に照らされて、爽やかな水色に金糸の刺繍が春の空に映えた。
「見事なものだなぁ…」
秀吉が呟けば、女中もそっと縫い目をなぞり、
『えぇ。雑なお仕事は一切ございません。
元からこの形の生地だったと思うほどの縫い合わせでございますね』
と、自分が褒められているかのごとく、顔を綻ばせた。
「お前はすっかり愛贔屓だな」
秀吉はそう言って、女中に笑顔を向ける。
『えぇ、それはもう。自分の娘のような年頃で、
あんなに健気に毎日を一生懸命生きてらっしゃるんですもの。
笑っていただければ嬉しくなりますし、曇った顔をなされれば、
自分の事よりも気になってしまいます』
褥の用意をしながら、女中は愛の寝顔を母親のように見守る。
「愛は、まだ、その…泣いている時はあるのか?」
すこし気まずそうに秀吉が尋ねると、
『あの日以来、私は見ておりません。
でも、時折、あの〈いろえんぴつ〉という、
珍しい筆を握りしめては、溜息を吐くのをお見かけします』
そう言うと、困り顔で秀吉を見上げた。
あれは前に訪ねた時に、
〈私の故郷には普通にあるもの〉と、言っていたのを思い出す。
それを見つめて溜息を吐くと言うことは、
やはり、故郷に帰りたいのかもしれないな…と思う。
女中たちには愛が本当は姫ではないと言うことは、
もちろん隠しているのだが、知っている秀吉としては複雑な気持ちになるのだ。
(あいつが帰ることになったら…俺は…ちゃんと受け止められるのか…)
そん複雑な気持ちと一緒に、畳に寝ている愛を抱えると、
そっと褥におろした。
「今日は、目覚めるまでそっとして置いてやろう」
秀吉が言うと、
『三成様はいかがしましょう?』
女中が思い出したように秀吉を見る。
「あぁ…忘れてた…どいつもこいつも手がかかるな。
いい。俺が直接呼びに行くから、昼餉の用意を頼む」
口ではそう言うが、どこか楽しそうに三成の部屋に向かう秀吉を見て、
『前よりも生き生きされていて、何よりですね』
と、女中はクスリと笑みを漏らし、愛の部屋の襖をそっと閉めた。