第11章 忍びの庭 前編(佐助)
もう、佐助が来なくなってどのくらい経っただろう。
大戦も近いと思われていたが、信長との戦の準備をやめたという
斥候の知らせが入ったのは、もうひと月ほど前の事。
謙信との同盟をよく思っていない旧武田の家臣が問題を企てたらしい。
(佐助君、大丈夫かな…)
愛は毎晩天井を眺めてしまう癖がついていた。
お茶もいつでも出せる用意はある。
佐助が、現在の自分の素性を明かしたあの晩から一月は経っている。
(越後の問題で何かあったとか…)
交通手段も携帯電話もない戦国時代で、
遠くにいる佐助の状況を確認することは難儀だった。
一日置きには何かと理由をつけて城下に出るが、
行商に扮した幸村も見かけない。
「佐助君…会いたいな…」
愛は、佐助の置いて言った色鉛筆を眺めながら呟いた。
紙束には、もう何枚もの着物のデザインを書き記している。
それだけではなく、たまに現代風なワンピースを描いてみたり、
武将たちをスーツスタイルにしてみたり。この紙束の中では、無限に自由が広がっている気がする。
「あ、大変。ウリのお世話頼まれてたんだった」
秀吉が昨晩愛に頼んだのは、ウリのお世話。
急ぎの用件で、秀吉も三成も手が離せないので、
懐いている愛に世話役が回ってきたのだ。
(三成くんの夜着も出来上がってるし、ちょうど良かったな)
そそくさと用意をすると、急いで部屋を出た。
廊下を歩いていると、前から愛の作った羽織を着た政宗がやってくるのが見える。
『お、どっか行くのか?』
「秀吉さんのところだよ。ウリのお世話頼まれてるの」
『そうか。何かあったのか?』
「よくわからないけど、秀吉さんも三成くんも忙しいみたい」
『違う。お前がなんかあったのか?って訊いてるんだ』
「え?」
予期しない政宗の言葉にキョトンとする。
『いつもの間抜け面が曇ってるぞ。声も元気がねぇな』
全くそのつもりもなかった愛は、
「もう。揶揄うなら行くからね。急いでるんだから、これでも」
と、頬を膨らました。
『ま、三成に会えばまた元気になるんだろ?また秀吉が嘆くなぁ』
政宗は笑いながら言うだけ言うと、
『じゃあな』
と手をヒラヒラさせて行ってしまった。
「なんだったんだろ?」
愛は秀吉の御殿へ急いだ。