第11章 忍びの庭 前編(佐助)
(いけない、愛様に笑顔になってもらうためにやっているんでした)
『これは、失礼しました。
そうですね、この勝負は勝ち負けはさして関係ありません』
そう言うと、いつも通りの笑顔の三成が戻った。
「うん。とっても綺麗だもん。
三成くん、誘ってくれてありがとうね?」
満面の笑みで言う愛に、三成はホッとする。
『いえ、愛様が笑って下さるのでしたら、毎日でもやりましょう』
その言葉を聞き、
三成が、自分を心配して用意してくれたのだと知ると、
心がじわっとあたたかくなった。
「毎日じゃ、花火屋さん大変だよ。ふふふっ。
試作なんでしょ?」
愛のコロコロとした笑い声を聞いて、
三成は嬉しそうに目を細める。
少し早い夏の香りに包まれて、愛は安土に来て初めて
心の底から笑う事が出来ていた。
秀吉は、一人自室で煙管を薫せながら、
中庭から聞こえてくる楽しげな声を聞いていた。
(三成は凄いな…)
二日前は、あの生気のない目を笑顔にし、
今日は泣きはらして何も言わなかった愛を、
今は大きな笑い声まであげさせている。
「無理もないか…」
つい声に出して呟いてしまう。
自分の愛に出会ってから今日までを振り返ってみても、
到底、三成のように心を開かせることはできないな…と思う。
今だって、あの場に顔を出すのは容易い事だったが、
自分が出て行って愛の顔が曇るのが、何故か怖かった。
「まだ、疑いも晴れたわけじゃないしな」
まるで、自分に言い聞かせるように、再び呟く。
暫く、中庭の声に耳を澄ましながら、ゆったりと煙管の煙を眺める。
吐き出したのは、煙なのか、溜息なのか、自分でもわからないけれど…
「あいつは…なんかほっとけない…」
小さく呟いた自分の声に、ふっと小さく笑いを零した。