第11章 忍びの庭 前編(佐助)
秀吉は、愛の部屋を後にすると、
複雑な気持ちで自室に戻っていた。
(あいつ、俺の話殆ど聞いてなかっただろうな)
信長に無理矢理連れて行かれた戦さ場で、
落馬をし、弓に狙われ、人の死んでいく様、殺していく様を
いきなり目の当たりしたのだ。
(無理もないか…)
愛の部屋に怪しいものがないかを兼ねて、
勝手に入って待っていた。
そこにあったのは、見た事もない革の袋が一つ。
中身は見てもさっぱりわからなかったが、
唯一の荷物を置いて行ったということは、
自分が思うような刺客ではないのかもしれない。
色々探っているうちに、重たい足音が近づいてきた。
(帰ってきたか)
さっと、胡座に座り直し、愛を待つ。
さぞかし、立腹で帰ってくると思っていた秀吉は、
襖を開けた愛に驚いた。
腕には擦り傷を作り、着物は汚れていた。
目には覇気がなく、自分がいる事にさえ、暫く気付かない。
『おい、愛…』
声をかけると、腰から崩れるようにへたり込んだ。
『大丈夫か?そんなに怖い目にあったのか?』
何を聞いても、何を話しても、心ここに在らずだった。
後から聞けば、帰りの馬上でも同じ様子だったという。
(まだ、あいつを信用したわけではないが…三成に行かせるか)
そう思った秀吉は、三成に事情を伝え、
台所で握り飯を作ってもらい届けるように指示をした。
中々戻ってこないのを不審に思い、
そっと音を立てずに愛の部屋の前に来てみれば、
先程まで一切自分には見せなかった、
楽しげな声が聞こえて来た。
(さすが、三成だな。
てか、あいつ、今日飯食って無かったのか!)
そんな事を思って、戻る機会を逸してた頃に、聞こえて来たのが
『秀吉様も安心されたと思いますよ』
という三成の声。
(あいつ…気づいてたのか…)
自分が最も信用と信頼を置く家臣ながら、
侮れないな…
と、心の底から思った。