第1章 ワームホールはすぐ側に(家康)
愛が此方を振り返った。
「愛!!」
もう一度呼ぶ声と同時に、轟く雷鳴と共に辺りが真っ白になる。
『うわっ!』
家康と佐助は、一瞬視界を奪われた。
だんだん目が馴染んでくると、
目の前にあるのは赤い傘がコロコロと揺れているだけ。
「愛……う、そだろ…」
家康が呆然と立ちすくむ。
『くっ…』
佐助の声にならない声が漏れる。
さっきまであんなに走っても追いつかなかったこの場所が、
今では目の前にある。
さっきまでと違うことは、そこに愛がいない事だけ。
『おい!家康、佐助!大丈夫か!』
居ても立っても居られなかった秀吉が
息を切らして呼びかけるが、2人の反応はない。
『おい…、まさか…』
雨に濡れる事も関係なく立ち尽くす2人に、
言葉を無くし近寄る。
「俺が…」
家康が誰に言うでもなく呟きだす。
「俺が…あんなこと言ったから…。
馬鹿だなあんた…。本気な訳…ないでしょ…」
何処ともない空を、焦点もなく見つめた家康。
『おい!しっかりしろ!』
秀吉が思い切り肩を揺さぶるが、家康の反応はない。
『すみませんでした。俺のせいです。
俺が愛さんを見失ったせいで…』
無表情に見える佐助だが、目の奥が動揺で揺れていた。
すると、家康がさっきまで愛がいた木の側まで歩き出す。
『おい、家康!危ないぞ!落雷するかもしれないから離れろ!!』
秀吉が叫ぶが、家康には聞こえないようだった。
そのまま、ふらふらと辿り着き、愛のお気に入りだった傘を拾う。
初めて、此処に連れてきた事を思い出していた。
沢山の花が咲く野原を、キラキラした目で見ていた愛。
「家康」と初めて呼んだ時の、恥ずかしそうな愛。
愛は、此処に来た時に、初めて家康への想いを確信したと言った。
(俺はいつも、愛を甘やかしたかっただけなんだ…。
隣に居なくちゃ、意味がないじゃないの。なんで…愛…)
「愛ーーー!」
自分でもビックリするくらいの声が出た。
瞬間、さっきよりも大きな雷鳴が轟く。
『家康!』『家康さん!』
秀吉と佐助が同時に叫ぶ。
辺りはまた真っ白な光に包まれ、視界を霞ませる。