第1章 ワームホールはすぐ側に(家康)
『愛様ー!愛様ー!』
愛付きの女中が襖の前から何度も声を掛けるが
一向に中から反応がない。
開けていいものか戸惑っているところに…
「…どうかした?」
最後の領地視察を終えた家康が、女中に声をかける。
『家康様お帰りなさいませ。
愛様が、朝餉も召し上らずでしたので、
昼餉はお召し上がり頂こうと思ったのですが、
いくら呼び掛けてもお返事がございませんもので
開けていいものかどうか…』
「ふぅん…」
家康が襖を難なく開けると、
その部屋には誰も居なかった。
「出掛けたんじゃないの?」
そう言いながら振り返ると、
そこには女中が驚いて目を丸くしている姿。
「そんなに驚く事?」
訝しげに家康が質問する。
『えぇ…。
このところ、仕立ての注文が殺到しすぎて
連日明け方までお仕事なさっていたので
てっきりおやすみになられているかと
思ったもので。
そう致しましたら、
ご用意した褥が綺麗なままですので、
愛様、昨夜はお眠りにならなかったのでしょうか…』
心配そうに家康を見上げる女中の言葉を
黙って聞いていた家康は
はぁ…〜〜〜
深いため息を吐き出した。
(なにやってるの…まったく…)
『あのぉ…』
女中がおずおずと家康を呼ぶ。
「まだ、なんかあるの?」
そういうと、言いづらそうに
『実は、愛様、この3日くらいは
本当にお忙しかったようで、まともに食事を
取られておりません…。
三成様を見ているようで…』
(は?なんで愛を三成と一緒にすんのさっ)
心の声をグッと押さえ込んで、
「わかったよ。帰ってきたら今日は俺の御殿で
夕餉にするから、今日はこっちで用意しなくていいよ。」
『かしこまりました』
そう言って女中が立ち去るのを見送り、
〈三成〉の顔を思い出して不機嫌になりながらも、
愛の部屋に入って胡座をかいた。
(俺が留守だと、何やってんの…)
そう心で呟きながら、綺麗に整えられた反物や作業台を
ぼーっと見渡し、
(三成と何処がいっしょなんだよっ)
と、女中を心の中で怒る。