第1章 ワームホールはすぐ側に(家康)
秀吉は自分が駆け出したいのをグッと堪え、
家康と佐助に託した。
(頼むぞ、家康…
うまくやれよ…)
なんで光秀が知っていたのかは解らない。
でも、愛は城下の野原に居るに違いない。
自分が教えた、秘密の場所だ。
城下に出ると、雨も強くなり、
雷もだいぶこちら側に近づいているようだ。
『急ぎましょう』
佐助に急かされて、「うん」と首だけ動かす。
(頼む…間に合ってくれ…)
家康の気持ちを尻目に、空はどんどん荒れ模様になってくる。
雷もだいぶ近づいて来たようだ。
走っても走っても、辿り着かないような錯覚に陥る。
(クソッ。こんなに遠かったか?!)
愛と手を繋いで歩けば直ぐに着く場所も
なぜか、今日は遠く遠く感じた。
『まずいな…』
佐助が呟く。
「どうしたんだ…」
息を切らしながら家康が訊く。
『時空の捻れが発生しだしているんです。
いつもより、遠く感じてませんか。
ワームホールが、愛さんに人を近づけさせないように
しているようだ…。』
「クソっ!」
やっと、見慣れた景色が広がってきた。
よく見ると、大きな木の下に赤い傘が見える。
「愛!!」
ありったけの声を張り上げるが、愛には届いていない。
「愛ー!!」
もう一度呼ぶ。
広い野原に、ポツンと見える愛の姿は
なんとも儚く、今にも消えてしまいそうに見えた。
なんとも言えない焦燥感に苛まれ、
家康は叫び続けた。
「愛!」
何度目かに、漸く愛が振り返った。
傘もささず、雨に打たれて此方を見ている。
その顔は涙でグチャグチャだが、
息を呑むほど美しく見えた。
見えているのに、走っても走っても辿り着かない。
『愛さんが此方に来ないと、近づけないみたいだ』
佐助が呻くように言う。