第9章 アイ(家康)
愛と三成が、春日山城を出立する朝、
謙信をはじめ、信玄、幸村、佐助と、勢揃いで見送りが行われている。
『やはり、天女が去って行くのは哀しいな。
春の桜と愛は、本当に似合っていたのに。
なぁ、幸?』
『は?俺にふるなよ…。朝からよくもそんな言葉出てくるもんですわ。
まあ…確かに綺麗だったけど…』
最後の方は、幸村の声は呟くほどで誰も聞き取れなかった。
『また春日山はむさ苦しい奴らばっかりになってしまうよ』
肩を竦めて信玄が言えば、
『お前を筆頭にむさ苦しいんだろ。
愛、せいぜい道中で攫われないように気をつけるんだな。
うちの忍びは手腕が良いからな』
と謙信が言う。
「どんな手を使われても、私は安土城に帰りますよ」
愛は笑ってそう言うと、
『謙信様、残念。
俺は、愛さんの味方なんで、こればっかりは』
と、佐助が淡々と言う。
愛は、皆に向き直り、
「たった一日でしたが、お世話になりました。
春日山の桜は本当に綺麗でした。ありがとうございました」
と、深々と頭を下げる。
『そんなに綺麗と言うのなら、ここに残ればいいだろう』
謙信の言葉に、
「安土の桜も満開ですからね、早く帰りましょう愛様」
最高のエンジェルスマイルで三成が応戦する。
「うん!早く帰って…家康に逢わないと。
あ…そうだ、佐助くん」
愛は、佐助に風呂敷包を渡す。
『これは?』
佐助は内心、本当は驚いているのだが、誰にも気づかれない。
「佐助くんにはずっとお世話になりっぱなしだったし…もうすぐお誕生日でしょ?
何にしようか迷ったけど、撒菱入れられそうな巾着と…それと、
佐助君が主役の時なら着てもらえるかと思って、晴れ着を縫ってきたの」
『愛さん…』
佐助は包みを抱き締めて動かない。
「佐助くん?」
愛が首を傾げて呼ぶが、佐助からは返事がない。
『おい、佐助!どうした!』
幸村が肩を思いっきり揺らすと、
「…!すまない。少し情報処理が追いつかなかった…。
ありがとう、覚えていてくれただけで嬉しいのに。
抱き締めたい気持ちでいっぱいだけど、
滅多斬りにされそうだからやめておく」
既に、周りからの突き刺さる視線を感じているのだから…。