第9章 アイ(家康)
余りにも諦めの悪い謙信に、愛は足をピタリと止めて言う。
「謙信様。私は春日山に残りません。
大好きで、大切な人がいるんです。少し天邪鬼ですが、強くて、
いつも私を守ってくれて…謙信様にも負けません。
その人が、私を待ってるって此処には書いてあるんです。だから…私はちゃんと帰りますよ」
少し照れながらも、しっかりした愛の口調に、
謙信だけでなく、その場の全員が口を閉ざし、視線を投げかける。
顔を赤くして俯く愛の周りには、風に乗って舞う桜の花びらが、
夜の闇を不思議と眩しくさせた。
沈黙を破ったのは佐助。
『謙信様、いい加減に諦めて下さい。
愛さんと家康さんは、ベストカップルなんです。恋の横槍は、みっともないですよ。
今日はとことん俺が付き合いますから…花見酒に』
『べすとか…?なんだ?』
佐助のカタカナ言葉に幸村は再び怪訝な顔をし、
言われた謙信はとても不機嫌そうに佐助を見ている。
『今の言葉、二言はないな?』
じろりと佐助を冷たい目で見ながら口を開く謙信に、
『もちろん。俺と幸はずっと付き合います』
その言葉に幸村は慌てて
『お、おい、俺を巻き込むんじゃねぇ…』
と、目をそらす。
『大丈夫だ。謙信。天女に振られたのはお前だけじゃない。
ここにいる全員が、落ち込んでいるんだ。みんなで朝まで付き合うさ』
と、冗談交じりに言うと肩を竦めて見せた。
(春日山城も、安土のみんなみたいに賑やかだな…)
愛は声には出さず、心で思って微笑んだ。
『麗しの天女、もう少しだけお付き合いしてくれるかな?
またいつ会えるかわからないのだから』
信玄の言葉に、三成が割り込む。
先程も、愛の無防備さに、
謙信が強引に愛を連れて行こうとするのではないかと、気が気ではなかった。
もちろん、そんな事は絶対にさせるつもりはないが。
「愛様は明日より数日かけて安土城に戻られます。
あまり遅くならないうちに、愛様を解放して下さいね」
「ありがとう、三成くん。
でも、あと少しだけ、夜桜を満喫していこう?
折角、私達の仲間も一人増えたんだし、ね?」
家康の家臣の顔を見ながら、微笑む愛を見て、
「 あなたには敵いませんね…」
と、三成は頷いた。