第9章 アイ(家康)
春日山城では、謙信たちの予定通り花見が行われた。
満月の明かりに照らされた桜は、満開を迎えており、
時折風が吹けば、その花弁はさわさわと舞う。
月明かりに灯籠の光、それ以外は現代のような余計な光はない。
その幻想的な風景に、愛はすっかり引き込まれていた。
(こんなおとぎ話みたいな風景、見たことない…それに…)
桜の舞う中、はしゃぐ幸村や佐助をよそに、
一人手酌で酒を飲む謙信の姿は、幻かと思うほどの美しさで、
愛は目を離せずにいた。
その様子に三成は、信玄と酒を酌み交わしながらも気が気ではない。
この旅の間、ずっと愛は何かに悩んでいるような、
時折悲しい顔をみせていた。
朝になれば、あまり眠れていないのか、一生懸命に作る笑顔には
どこか無理と疲れが見えていた。
今日、春日山城についてから愛の表情は明るい。
この旅が決まった日、家康から色々な注意事項を聞かされた。
佐助が愛の幼馴染であること、
信玄はつねに女を口説いていること、
謙信が愛を好いている事…
家康からしてみれば、ただの敵陣ではない事は確かだ。
でも、三成にとってもその全ては気が気ではないものばかり。
今こうして、愛が謙信を見つめる目をみると、
なぜか胸騒ぎがしてならないのだった。
『そんなに天女が気になるかい?』
三成の心を見透かしたように、信玄が言う。
『安心するといい。どんなに謙信が愛に入れ込んだところで、
あの子は簡単に揺らぐ女じゃない。
悔しいが、本当にあの子の表情を悲しくさせるのも、笑顔にさせるのも、
どうやら家康だけみたいだからな』
三成は信玄の言葉に驚き目を見ひらく。
『まぁ、俺にはなびかなくても、
謙信の危うさは愛の心を少しは掴んでいるかもしれないがな』
そう言うと一人愉快に笑う。
ふと、愛を見れば、手酌酒をしていた謙信の隣で
いつの間にか酌をしていた。