第9章 アイ(家康)
愛たちが明日、春日山城に入るという知らせは、
家康の元へも届いていた。
政宗に話したあの日から、あまり魘されることは無くなっていた。
けれど、眠りにつけば必ず愛が現れるのだが、
いつも決まって自分が辛辣な言葉を投げて、夢の中で愛は涙を見せる。
(愛の笑ってる顔が、思い出せなくなってきた…)
『結局、諍いなんてなかったし、あの大名も怪しいところはなかったな』
「…。」
『誰の悪巧みで情報操作されたのか、戻ったら改めて突き止める必要があるな』
「…。」
『おい、家康、聞いてるのか?!』
「聞こえてますよ…」
拠点の支城に戻る馬の上から政宗は家康に話しかけるが、
何を言っても上の空の家康に、政宗は声を荒げる。
家康と顔なじみの大名にあってみれば、安土で流れていた噂はまったくの出たら目だった。
念のため、国境付近まで足を伸ばしたが、
やはり、大名が嘘をついている気配もなかったのだ。
『家康!お前今何考えてた?』
「愛の笑った顔、思い出そうとしてました」
『はぁ〜?』
呆れたような声を出し、政宗が肩をすくめる。
『お前、しっかり仕事してるから立ち直ったのかと思ったら、
まだそんなこと言ってるのか?』
「ちょっと黙ってて下さい。
毎日夢に愛の泣いてる姿が出てくるから、
思い出せなくなってるんです」
家康は政宗を見向きもせずに言う。
『愛たちは、今日春日山城に入るんだったな』
その言葉にビクッと身体を揺らし、家康が反応する。
『そんなにモヤモヤしてるなら、一発早馬で文でも届けたらどうだ』
余りにも余裕のない家康に、冗談混じりで政宗が言う。
だが…
「政宗さん。早く支城に帰りますよ」
言うが早いか、急に馬を走らせる家康に、
『おい、待てって!…っ仕方ないやつだな…』
政宗も家康を追いかけるように速度を速めた。