第9章 アイ(家康)
ワサビは気持ちよさそうに目を細め、愛から撫でられていたが、
暫くするとカタンと蹄の音をさせて縁側に乗り、愛の隣で身体を丸くさせた。
「ワサビ…ここで寝るの?もうあったかくなってきたしね。
桜も…帰ってくる頃には散っちゃってるかなぁ」
そう言いながら振り返ると、自分をじっと見つめている家康がいた。
「ど、どうしたの?」
『暫く見れなくなるから、今、見溜めしてる…』
「そんなに見つめられたら、恥ずかしいよ…」
愛が照れて俯いた瞬間、風が吹き庭にある桜を舞わせた。
夜であまり目立たなかったが、桜吹雪は縁側まで届いて行灯の光の中に綺麗に舞っている。
「わぁ…見て家康。凄く綺麗…」
嬉しそうな顔で、掴めるはずもない花びらに手を伸ばす愛を見て家康は、目が離せない。
『あんたの方が…よっぽど綺麗…』
それはとても幻想的で、隣にいるのにフッと消えてしまうのではないかと錯覚を起こさせる。
『愛…。ちゃんと帰ってきてよ』
家康は声が掠れて、うまく喋れないがそれでも愛にはしっかり伝わる。
「家康の方が心配だよ…。
どうか、怪我せずに戻ってね」
その声は心なしか震えていて、
今まで微笑んでいた愛の目は薄っすら涙で潤み、一生懸命堪えている。
『愛…』
名前を呼ぶと家康は手を差し出し、
『中、入ろう』
部屋の中へと促す。
愛はそっと手を握り、
「うん」
と、家康に従う。
部屋に戻ると、最初に戻ってきた時のように家康は愛をギュッと抱きしめる。
今度は愛も、家康を力一杯抱きしめ返す。
『ちゃんと戻ってくるよ。愛が待っててくれるから』
「私が待ってる人は家康しかいないよ」
そう言うとどちらともなく身体を離して、顔を見つめ笑いあう。
『今が永遠に続けばいいのに…』
「家康がそんなこと言うの珍しいね」
『愛と一緒にいる時間は、
一瞬でも永遠みたいに大切に思えるから』
そう言いながら、愛の髪を優しく梳き口づけする。
「ん…」
『今日は暫く会えない分甘やかすから。ちゃんと覚悟出来てる?』
返事の隙もないくらいに蕩ける口付けを受ける愛には
首を縦にふることが精一杯だった。