第8章 私が髪を切る理由(幸村)
「お兄ちゃんが、私は長い髪の方が似合うって言ってたから。
短くしようとすると、いつも機嫌悪そうに、長いほうが似合うのにって。
別に私もどうしても短くしたかったわけじゃないし」
『そうだな、愛はそれがとても似合ってるよ』
花弁を取っていた手で、そのままいつものように愛の頭を優しく撫でる。
愛は目を細めて気持ちよさそうにする。
その顔が秀吉は堪らなく好きだった。
「おい…だから触りすぎだろ…。
でも、お前この前、髪切りたがってたじゃねーか。
髪飾り一つで簡単に切ろうと思うもんなのか?」
幸村がそれでも手を退けない秀吉を睨みながら言う。
「 え?」
愛は、少し驚きながらも、幸村の質問に笑顔で答える。
「大好きな人から貰ったものだから、
一番似合うようにしたいって思うのは当たり前でしょ?」
「お。お前、サラッと何てこと…」
幸村は顔を真っ赤にして目を背ける。
「えっ…やだ…ちが…」
愛も自分の言った言葉に改めて気づき、
顔を真っ赤にさせる。
『で、愛さんは髪切るのやめたの?』
佐助が真顔で言う。
「うーん…」
考え込む愛に、幸村と秀吉はほぼ同時に、
「お前はそのままがいいだろ」
『愛は今のままでいいと思うぞ』
そう言うと顔を見合わせる。
「あははは…やだ、二人とも…ふふふ。
わかった。二人がお気に入りに思ってるなら、
このまま長いままにするよ」
鈴の音のように笑いながら愛が言う。
(こんな事、しょっちゅう出来る事じゃないが、やってみて良かったな)
そんな秀吉の心の声が、まるで愛に届いたかの様に、
「ありがとう」
突然愛が秀吉に顔を向けた。
「一生の思い出になるよ、きっと。
みんな、無理させてごめん…。
でも、本当に嬉しかったの。
幸村も、佐助君も、ありがとう」
三人の宴はまだまだ続く。
他愛のない会話や、一緒にする食事がただただ幸せな時間。
(いつか、幸村や佐助が信長様や俺の家臣になるような時が
来るなら、愛は幸せなんだろうがな…)
そんなことをそっと思った秀吉の気持ちをを、
三人は知る由もなかった。