第8章 私が髪を切る理由(幸村)
そこまで言うと、何かギュッとした熱いものがこみ上げてきて、
愛は涙が出そうになる。
それを隠すように、立ち上がり、桜の枝に届きそうなところまで行き
目一杯腕を伸ばした。
その瞬間、春の風が通り過ぎ、桜の花弁を攫っていく。
「わぁっ」
桜吹雪の中で、愛の長い髪も一緒になびく。
その光景を座って眺めていた三人は息を飲む。
桜の花びらにまとわれた、愛の姿は陽の光を浴びて
まるでキラキラと光っているように見える。
『眩しい…』
佐助だけは心の声をさらけ出す。
幸村は息を飲み、これが本当に自分を愛してくれている人の姿なのかと
不安に襲われそうになる。
この風が止んだら、消えてしまうんじゃないか、と。
(一瞬でもこんなに綺麗なもの俺はを悲しませたのか…)
秀吉は、心臓を誰かに握りつぶされるような痛みを感じる。
今すぐ風に惑う愛の長い髪ごと抱き締めたい衝動に駆られる。
(愛…お前は本当に綺麗だ…俺は…兄で良かったのか…)
そんな三人の気持ちを知らない愛だけが、
おさまった風に恨み節を言う。
「もう。髪にいっぱい桜が絡んじゃったよ…」
そう言いながら、元の場所に戻り腰を下ろす。
愛が戻っても、三人とも気まずそうに何も言わない。
「どうしたの?みんな静かだね」
そう言うと、目の前の小さめなおにぎりを一つ口に運ぶ。
「お前…別人かよ…」
さっきまで、桜の妖精のように輝いていた愛は
今、目の前でおにぎりを頬張っている。
「へ?」
幸村の視線に気まずくなり、秀吉に顔を向けるが、
秀吉もまた熱に浮かされたように顔を染め、
愛の髪の毛から一つひとつ花弁を取っていた。
「秀吉さん、いくら兄同然だって、愛に触りすぎじゃねーですか?」
幸村が不機嫌そうに言う。
『愛が嫌じゃないならいいんだ』
そう反論すると、
「愛、なんで髪を伸ばし続けてたんだ?
佐助が前に言ってたよな、ずっと髪が長いって」
幸村が話題を変えるように愛に問いかける。
「佐助くんそんな話してるの?」
そう言いながらコロコロと笑い出す。