第8章 私が髪を切る理由(幸村)
「私もうちょっと桜見て帰る」
午後になり、秀吉は軍議に出るために城に帰らなければならず、
佐助も後片付けをした物を持って、秀吉の御殿まで共に戻る事になった。
『暗くなる前に帰れよ?』
秀吉が心配そうに言うと、
『俺がちゃんと、もう少ししたら送りますよ』
幸村が言う。
二人が居なくなった桜の丘で、
愛と幸村は何も言わずに座っていた。
『悪かったな…』
沈黙を破ったのは幸村。
愛は、何も言わずに、コトンと幸村の肩に頭を預ける。
「ねぇ、もし私以外の人を好きになったら、隠さず言っていいからね」
思いもよらない愛の言葉に、幸村は驚きを隠せない。
『ばかっ。んなことあるわけねぇだろ!
何言ってんだよ、急に』
( 俺は愛以外に興味なんかねぇよ!)
幸村の言葉に、愛はただ
「うん…」
とだけ答え、ゆっくりと立ち上がり手を伸ばして桜の枝に触れる。
「本当に綺麗だね、咲いてくれて有難う」
誰にともなく、愛が呟く。
『おい、愛…』
「もう、行こうか」
桜に向かって力なく微笑みながら言う愛を見て、
幸村はたまらず、立ち上がり愛に近く。
後ろから、何も言わずにすっぽりとその小さな身体を抱きしめる。
『もう、悲しませねーから、安心しろ。だから、そんな顔すんな。
お前にはいつも笑ってて欲しいんだよ。この満開の桜みたいにな』
幸村は愛をクルッと自分の方に向ける。
『早く…お前を連れて帰りてーな…』
そう呟くと、今度は自分の胸に頭を埋めさせる。
「幸村…ドキドキしてる」
『ったりめーだろ。好きな女を抱きしめてるんだ…。
このまま攫いたいくらい惚れてる女だぞ』
「ばか…」
『うるせー』
「ねぇ」
『どうした?』
「やっぱり、もう少しだけ二人でお花見しよう?」
『おー。じゃあ俺は、花を見てるお前を見ることにする』
「ばか…」
『ばかじゃねー…』
抱きしめていた身体を緩め、幸村は顔を上げた愛にそっと口付けを落とす。
『この桜の花弁と同じ数の口付けをしてやるからな。覚悟しとけよな』
そっと桜の木に愛の背中をもたれさせ、
桜吹雪のように、いつまでも止まない口付けを続けるのだった。
第8章 終