第8章 私が髪を切る理由(幸村)
秀吉と幸村が愛について話して数日後、
秀吉は、仕事の合間を縫って愛を誘った。
二人並んで歩いているが、何故か愛は曇った顔に見える。
『愛、なんかあったのか?』
そう言うと、優しく愛の頭を撫でる。
「え?どうして?何にもないよ?」
無理やりのような笑顔を秀吉に向ける。
(何もないわけが…ないな。この顔は)
『愛、お前は嘘がすこぶる下手くそだ。
そんな笑顔じゃ、俺を誤魔化せないぞ?』
そう言いながら、愛の頭をクシャっと撫でる。
「そう…だよね。やっぱ秀吉さんには敵わないな」
そう言って今度は本当に口元を綻ばせる。
『それで?何があったんだ?』
「大したことじゃないんだ…。
ちょっと幸村と喧嘩しちゃっただけ」
俯きながら、力の無い声で言う愛に、
秀吉は心の中で大いに驚く。
(あいつ…今喧嘩はマズイだろ…)
秀吉は焦った。なぜなら、今日は愛に秘密で、
秀吉と幸村と愛というありえない三人で時を過ごそうとしていたのである。
もちろん、幸村も了承の上だ。
『喧嘩の原因は何なんだ?』
できるだけ冷静を装って秀吉が訊く。
「今日、幸村と出掛ける筈だったんだけど…」
そこまで言うと愛の声が少し震えた気がした。
「会わなきゃいけない人が出来ちゃって、ダメになったの」
(なるほどな。全く…下手くそだなぁ幸村は…)
『それを咎めて喧嘩になったのか?』
愛は秀吉を見上げて、力無い笑顔で
「ううん…」
と首を振る。
それは、昨日の事。
愛は、幸村に逢うために城下へ訪れた。
(あ、いた!)
はやる気持ちを抑えて小走りに駆け寄る。
が、すんでのところで足を止めざるを得ない状況になった。
女性の小物を売っている幸村の店には、
ひっきりなしに通りがかりの女の子が店を覗く。
愛が近寄った時も例に漏れず、女性の買い物客がいたが、
会話がなにか違和感だ…。
(あれ?なんか…言い寄られてる?!)
『ねぇ、お兄さん、名前何ていうの?』
『え?あぁ、幸だけど…』
『へぇ!幸さんかぁ。ねぇ、明日良かったら一緒にお茶でもどぉ?
私、奢るからさぁ!』
『いや…そう言うのはちょっと…』