第8章 私が髪を切る理由(幸村)
『佐助だってお前と同じ想いをしてきたはずだ。
そんな言い方するな』
秀吉の声は驚く程柔らかかった。
佐助とて、何も思わないはずはない。
少なくとも自分たちよりも長く
愛を側で見てきた男に間違いないのだ。
そんな佐助の気持ちを思えば、
ここで責める気持ちには、秀吉は到底なれない。
「そうだな…悪かった…」
幸村は素直に謝る。
「なぁ幸村。きっと、愛は俺たちが敵対する事を
この世で一番望んでない女だ。
俺はお前が嫌いなわけでも、憎いわけでもない。
いつか、この様な争いが無くなる日が来るというのなら、
俺は愛のためにそれを願わずにはいられない」
幸村と佐助は心底驚いたように言葉を失う。
「だが、残念ながらそれは、今は叶わぬ願いだ。
信長様が天下布武を成し、天下を統一された暁に、
それを望むことが赦されると俺は信じている。
だから…それまでお前も絶対に死ぬなよ。もちろん、佐助もだ」
幸村は、ふっと息を吐くような笑みを漏らし、
「あんたが安土の民から愛され、
〈人たらし〉と呼ばれる訳がわかったような気がするな。
勿論俺は愛を一生守るために、全く死ぬ気はない。
どんな戦が起ころうが、生きて愛の元へ戻る。
あんたこそ、愛を悲しませるようなことにはならないでくれよ」
『流石、秀吉さんですね。一気に俺もファンになりました。
少なくとも、今この世があるからこそ、
俺たちがいた未来の日ノ本は平和な世になっていると思うんです』
佐助が心底感心したような声で割って入る。
『俺たちが知っている過去とは少し変わってしまっているが…
それでも、今ここで生きている人たちには、
秀吉さんや幸が愛さんの幸せな未来を願うのと同じ様に
愛するべき人の事を思って暮らしているのでしょうね』
声は淡々としているが、佐助の言葉は重く響く。
『今の愛さんは、もう生きる意味を探す必要はない。
幸を心底愛し、秀吉さんたちの溢れるほどの愛情を注がれているのですから。
俺はもう心配はしていませんよ』
そう言うと少しだけ口元を緩め微笑んだ。