第8章 私が髪を切る理由(幸村)
きっと、自分が倒れることになっても、幸村が倒れる事になっても、
愛の未来に幸せはないのだろう…
万が一…二人とも愛の前からいなくなるような事があれば、
こんなに小さな体で、二度も同じ大きな傷を負うことになるのだ。
ましてやこの乱世、いつ自分の身に死が迫るとも限らない。
愛を守るという事は、
ただ愛の命を守ればいいだけではないのだという事を思い知り、
胸が抉られる想いがした。
暫く、そんな事を考えていると、いつの間にか愛は泣き止み、
代わりに、自分の胸元から、スースーと寝息が聞こえる。
『泣き疲れて寝ちまったか…。まるで子供だな…』
そう呟くと、ふふっと小さい笑いを零す。
秀吉はそっと愛を横抱きにすると、
どうにか褥を引っ張り敷き、その上に横たえる。
女中に運んでもらった膳を、愛の寝顔を見ながら口にする。
『大人になってもこれだけ可愛いんだから、
子供の頃はもっと可愛かったんだろうな、愛は。
本物の兄だったら、どんな思いで甘やかすんだろうな、俺は…』
少なからず自分は愛を女として見てしまう。
もし、そんな不純な気持ちのない愛情は、
一体どういうものなのだろう…と、
食事が終わるまで考えてみたが、
『到底わからんな。
考えるだけ無駄なことだ』
という結論に達する。
自分の分の膳を食べ終えると、小声で女中を呼び下げさせる。
愛はもしかしたら腹を空かせて起きるかもしれないから、
朝までは置いておくようにと言いつけた。
安心しきった顔で寝ている愛に、
そっと布団をかけると、
「…お兄ちゃん…ありがとう」
と、ほぼ寝言の声がする。
『ははっ。ゆっくり休めよ。
俺が一生お前の兄をやってやるから』
そう声に出し、チクリとする胸の痛みを気づかなかった事にして
秀吉はそっと愛の部屋を出ていった。