第8章 私が髪を切る理由(幸村)
愛の部屋に着くと、
『入るぞ』
と声をかける。
中からの返事はなく、ちょうど女中が膳を運んでくるところだった。
秀吉は二つの膳を受け取り、部屋へと入る。
すると、縁側まで出て、ぼーっと夜空を見上げている愛の姿が目に入った。
さっきまで結っていた髪を、いつものように下ろし、月を見上げる愛の姿に
秀吉は一瞬息を飲む。このまま、夜空に吸い込まれて行くのではないかという錯覚に陥っていた。
我にかえり、
『愛』
と声をかける。
さっきまで泣きはらしていた目は潤んではいるが、
少し落ち着いたようだった。
『さっきはびっくりしたぞ。何がどうしたんだ?』
出来る限りの優しい声でそう言うと、
ゆっくりと愛の隣に腰を降ろす。
『もう落ち着いたか?』
秀吉は愛の頭をゆっくりと撫でながら微笑んだ。
「うん。ごめんね、秀吉さん…」
そう言う愛に、
『何も我慢しなくていい。言ってすっきりすることがあるなら、
何でも言ってみろ。可愛い妹の話なら、朝までだって聞いてやる』
そう言うと、少し離れていた愛との距離を
ぴったりとくっつけるように詰めて、愛の膝の上で手を握る。
愛は、言葉にすると壊れてしまいそうな想いを
ゆっくりゆっくり語りだす。
「私には、秀吉さんみたいに、優しくて、いつも側にいてくれて、
甘やかしてくれて、時にはちゃんと怒ってくれるお兄ちゃんがいたんだ…」
『そうか。大好きだったんだな?会えなくて、寂しいだろ…』
秀吉は握っている愛の手を、親指で優しく撫で続ける。
「両親を早くに亡くしてる私には、お兄ちゃんは父親でもあり、母親でもあったの…」
初めて聞く愛の家族の話は、秀吉が想像しているそれとは全く違っていた。
「お兄ちゃんに会えなくなったのは、ここにきたからじゃない…」
『どういう事だ?』
「私がいた時代で、お付き合いしていた人と私が酷い喧嘩をした時に、
彼と仲の良かったお兄ちゃんは、話を聞くために少し遠くに出かけて行って…
事故にあって死んじゃったんだ…二人とも…」
秀吉は、あまりの衝撃に言葉にならない。
「私、彼にね、酷いこと言ったの。
もう、私の前に現れないで!って…」