第8章 私が髪を切る理由(幸村)

「さぁ、愛。一緒に帰るぞ。
夕餉の用意が出来ている」

愛に向かって優しく声をかける。

「う、うん。秀吉さん、ありがとう」

そういうと、愛は幸村の顔を見る。
幸村は黙って、優しい笑顔で
『うん』と一つ首を縦に振ると、繋いでいた手を離した。

『愛、今日は…ありがとな。
あと、色々ごめん。着物、本当に嬉しかった』

愛はにっこり微笑んで、

「こちらこそ、ありがとう。気をつけて帰ってね」

と、軽く手をあげる。

「さ、行くぞ」
秀吉が、くるっと背を向ける。

『おい、秀吉』

幸村は行きかける秀吉を呼び止める。

「なんだ、真田。お前に名前を呼ばれる筋合いはないが…
まぁ愛の手前、今日は許してやるが」

そういうと、厳しい目で幸村を振り返る。

『愛を…宜しく頼む…いや、頼みます。
俺がずっと側にいてやれねぇから…。
いつか、愛を迎えに来る時まで、
愛の事、守ってやって欲しい』

幸村の申し出に、一瞬目を見開く秀吉。

「あぁ。言われなくても愛は俺がこれからも守るさ。
どこぞの馬の骨が攫って行かないように、しっかり見守らんとな」

言葉はきついが、秀吉の目には優しさが篭る。

「秀吉さん…」

『うるせー。誰が馬の骨だよ！
ぜってー攫ってやるからな。叩き斬ってでも』

物騒な言葉を溢す幸村も、顔は優しく微笑んでいた。

「ちょっと、幸村…」

愛は、二人のやりとりが嬉しくもあり、
それでも敵同士という現実が、哀しくもあり、
複雑な表情を浮かべる。

『愛、沢山食べて、ゆっくり休めよ！
色々疲れただろーからな！』

意味深に言う幸村の言葉に、眉を釣り上げる秀吉。
愛は、顔を赤くして、小さい声で

「ばか…」と呟いた。


愛は、城に向かい歩きながら

「秀吉さん。本当にありがとう」

と、可愛らしくお礼を言う。
暫くモヤモヤとした気持ちを抱えていた秀吉も、また優しい表情にもどる。


「愛…あんまり心配させるな」
そう言いながら秀吉は軽くゲンコツを作り、
愛の頭を優しくコツッと叩く。


(秀吉…案外いいやつかもな)
幸村は帰り道にそんな事を思い、
一人、ふっと笑みを溢した。