第8章 私が髪を切る理由(幸村)
すっかり陽も暮れて、月がくっきりと顔を出す頃、
愛は幸村の腕の中を離れられずにいた。
幸村もまた、城に帰さなければならない事をわかりつつ、
愛の温もりを離せずにいる。
「もう、行かないと、また捜索されちゃうな…」
『送っていくからな』
「うん」
こんな会話をもう何度もしていると、扉が叩かれる音がする。
ここを知っているのは、佐助と信玄と謙信のみ。
幸村に緊張が走る。
『誰だ』
驚く愛を抱きしめながら、扉に目をやる。
「俺だ。幸、そろそろ愛さんを帰さないとまずい」
そう淡々と伝えるのは佐助の声。
『どうした』
「織田軍の武将たちが、愛さんの帰りが遅いと、探しに出る算段を始めている」
「えっ?!」
佐助の言葉に愛が驚く。
「愛さん、残念だがタイムリミットだ。早く支度して」
佐助の声が無情に響く。
『明日から城下にいるから。すぐ逢える』
そう言うと幸村は、触れるだけの口付けを落とし、
先に起き上がって愛を起こす。
身支度を手早く整え、扉を開けて佐助を確認すると、
「ここは、安土城にほど近いから、今帰れば大丈夫。
さぁ、行こう」
少し口元を綻ばした佐助が言う。
「あ、まって!すっかり忘れてた」
そう言うと愛は持っていた荷物に包みを広げ、
幸村に渡す。
『これは?』
渡された七分の着物を広げ、幸村が驚く。
「この前、秀吉さんと反物を見に行ったのは、
それを作るためだったの。
良かったら、着てね。幸村の事だけを想って作ったから」
愛が言い終わると同時に、
幸村は佐助も忘れて愛をギュッと抱きしめる。
『あー!もう。どうーすりゃいいんだよっ。
帰せなくなるだろ…』
幸村の体温を感じて、愛も身体を預け胸元の着物をキュッと握る。
幸村を見上げれば、頬まで赤くした顔が愛を見下ろしていた。
暫く見つめ合っていたが、
「コホン…」
と佐助の咳払いが響き、
「俺の事見えてないみたいだけど、時間がない」
そう言われて、慌てて離れる。
『よし。いくか』
幸村はそう言うと、愛の指に自分の指を絡める。
愛は「うん」とニッコリ笑うと、絡められた手をキュッと握り返した。