第8章 私が髪を切る理由(幸村)
『愛、腹減ってないか?』
秀吉は優しい声で愛に訊く。
『今日はかなり歩いたし、もう昼もだいぶ過ぎたからな』
「そうだね、ちょっとお腹空いちゃったかも」
反物を真剣に選んでいるうちに、だいぶ時間が過ぎていることに気づく。
『よし、じゃあ軽く何か食べて行くか。
あんまりしっかり食べると、夕餉が食べられなくなるからな』
「そうだね、じゃぁ甘味処の磯辺餅食べて行こうよ!」
秀吉は目を細めて首を縦にふる。
『よし、じゃあ甘味屋へ行くか。
しっかり傘に入れよ?濡れないようにな』
そう言うと秀吉は荷物を抱えるように持ち、
愛の身体に自分を寄せて傘をしっかり被せる。
「お兄ちゃんが戻ってきてくれたみたいで嬉しいな…」
『ん?なんか言ったか?』
「ううん。何でもないよ!ありがとう秀吉さん」
二人は仲良く一つの傘で甘味処へと急いだ。
『はぁ…』
幸村は、何度となく深い溜息をついていた。
『おやじ、これお代わり』
店の主人に何杯目かわからないお茶を頼む。
『はいよ。腹たぷたぷにならんのかい?
…あ、旦那、いらっしゃいませ』
主人が愛想のいい笑顔で客を迎え入れる。
「何時もの団子とお茶を頼むよ」
店に入るなり、注文をして席を見渡す〈旦那〉と呼ばれた男は
見慣れた着物を店の奥に見つける。
「幸、こんなとこにいたのかい?佐助はどうした?」
幸村が振り向くと、そこには信玄の姿があった。
『あんた…また甘いもん食いに来たのかよ…。
謙信様の酒の相手はもういいのか?』
不機嫌そうに幸村が言うと、信玄は肩をすくませて
「謙信は急に不機嫌になって一人で飲むってどこかに行ったよ」
そう言うと、幸村の目の前の席に腰をおろした。
そこへニコニコとお盆を持った店の主人がやってくる。
「旦那のお知り合いだったんですね。
さっきから若いのに溜息ばっかりついてるから心配してたんですよ」
そう言うと、お茶と団子を置く。
「ほい、こっちはお茶を沢山飲んでくれてる若いのにおまけだよ」
そう言うと、磯辺焼きを置いていく。
『え、あぁ…すまないな…ありがとう、おやじ』
「一体、幸は何杯飲んでるんだい?」
信玄が、驚いたような呆れたような声を出す。
『ほっとけよ…』
そう言うと幸村はお茶をすする。