第8章 私が髪を切る理由(幸村)
「いらっしゃい…おぉ、これは秀吉様!
愛様もご一緒でしたか、どうぞどうぞ」
秀吉と愛が店に入ってくるなり、主人は愛想よく挨拶をする。
その声を聞いて、幸村は盛大にお茶を吹き出し、信玄を濡らした。
『ぶっ…!』
「おい、幸!なにするんだよ…」
『わりぃ…』
店の奥では、幸村と信玄が騒いでいるが、
秀吉と愛が通された席からはその様子は気にならないようだった。
「へぇ、あの二人、仲いいんだなぁ。なぁ、幸」
信玄は、少し面白そうに幸村にはなしかけた。
『何面白がってるんだよ…』
チラッと二人に目をやれば、ニコニコと楽しそうに主人と話し、
注文をしているのが見えた。
「秀吉さん、右肩濡れちゃってるよ?
私ばっかりかばってるから…はい、ちゃんと拭かないとね」
そう言うと、懐から綺麗な手ぬぐいを出して秀吉の雨に濡れた肩を拭く。
『お、おい、汚れちまうぞ。自分のもあるから気にするな』
そう慌てる秀吉を制し、いいから…と愛は丁寧に拭き続ける。
『愛、ありがとな』
素直にお礼を言う秀吉に、にっこり笑って
「どういたしまして」
と言う愛。
「天女は本当に可愛らしく笑うんだなぁ。なぁ、幸」
信玄は目を細め、幸村に話しかける。
『なんであの二人あんなに仲が良いんだよ…』
信玄とは対照的に、あからさまに溜息をつき、
視線はお茶に落としたままの幸村。
「ところで、佐助はどうしたんだい?」
最初の質問をもう一度投げかける。
『佐助は、二人で話せるようにするって居なくなった』
呟くように答える。
「そうか。それなら、今は佐助に任せるしかないんだろ?」
『あぁ…』
そう言うと、横目でチラッと二人に目線を向ける。
そこには、楽しそうに話しながら、磯辺餅を頬張る愛が見える。
秀吉の表情は見えないが、きっと楽しそうな顔をしているんだろうと想像すると、
今愛の前にいるのが自分ではない事に、
苛立ちのような、焦りのような、
なんとも言えない心のざわつきを感じずにはいられない幸村だった。