第8章 私が髪を切る理由(幸村)
雨がぱらぱらと落ちる中、安土の城下を幸村は不機嫌に駆け抜けていた。
(佐助の奴、すげー腹たつ!)
先程のやり取りも幸村を苛つかせていたが、
何よりも自分に黙って愛に逢いに行っていた事が
無性に腹立たしかった。
春日山を出て、安土に着いたのは昨日のこと。
いつものように、行商のふりをして城下に入りたかったが、
降り続く雨に拒まれていた。
堂々と文を出す事もできず、愛に逢うためには城下に店を出すしか無い。
それでも、毎回自分を見つけて驚く顔も好きだった。
(なんで佐助が先に逢ってんだよっ!)
佐助がどう言う真意で髪を切る話をしたのかはわからない。
でも、幸村の心をざわつかせるには十分だった。
(愛…、本当に心変わりとか…してねぇよな…)
走っていた足を少しゆるめる。
気づけば、城下の真っ只中、一番賑わう大通りまで来ていた。
自然に、幸村の足はある店へと向かう。
愛がいつも反物を見に来るという、みよしのという店。
店主とも仲が良く、自分で作った小物も置いていると言っていた。
「愛か?」
チラッと覗くと、女が店先で誰かと話をしているのが見える。
見覚えのある着物に、幸村は物陰から目を凝らす。
まさかこんなにすぐ見つけられるとは。
幸村は自然に口元が緩む。
出てきた所を驚かせてやろう。
そう思って店先を見守る。
暫くすると、包みを持った愛が出てくるのが見える。
駆け寄ろうとしたその時、
『良かったな』
そう笑いながら声をかけ、愛の包みを受け取り、
傘をさしてやる男が一緒に出てきて、
幸村はまた同じ物陰に身を隠す。
(豊臣秀吉…?)
愛は、満面の笑みで秀吉のさす傘に一緒に入り、
楽しそうに会話をしている。
「何でだよ…」
仲睦まじく歩く二人を見ると、心臓が抉られるように苦しい。
少し強くなってきた雨に、秀吉が愛の肩に手をやり
自分の方に寄せて濡れないようにしている。
《幸を忘れようとしているのかと…》
「くそっ!佐助が変なこと言うから…」
(まさか、本当に心変わりしたって言うのかよ…愛…)
佐助の言葉を思い出し、行き場の無い怒りが湧き上がる。
『幸』
突然背後で呼ばれ、幸村はビクッと身体を揺らす。