第8章 私が髪を切る理由(幸村)
「それはそうなんだが、愛さんは五百年後にいた時、
髪を短くした事は俺が覚えている中では、小さい頃から一度もないんだ」
『え…お前たち、そんな昔からの知り合いなのか?』
幸村が目を丸くする。
「言ってなかった?幼馴染だって」
『初耳だな…』
謙信も加わる。
「それは失礼しました。まぁ、そういう事です」
『そうかそうか、佐助はそんな昔から天女を愛していたのに、
ひょっこり飛んできたこの世で、幸みたいな乱暴なやつに横取りされたんだな。
よしよし、元気だすんだぞ』
そう言うと、信玄は佐助の背中を優しくさする。
『そ、そうなのか?』
幸村が不安そうな顔で佐助を見る。
「そうなんだ…こんなに想い続けて来たのに
あぁ…愛さんは、こんなやつの何処がいいんだ…」
佐助は、この世の終わりとでも言わんばかりの大袈裟な芝居掛かった台詞を
身振り手振り付きで言う。
「なんて、ことはない。
愛さんとはただの幼馴染だ。多分。
安心しろ…。多分」
『おい、だいぶ話がずれているぞ』
謙信は佐助に冷たく言い放つ。
「そうでした。
だから、愛さんがどうしても髪を切りたいと言い出した時、
なんとも違和感があって、ユキの事を忘れようとするのかと…
まぁ、ただの気分かもしれないけど」
『天女は、あんなに美しい上に、
毎日周りに織田の武将たちが囲っているんだろ?
心変わりしても、不思議じゃ無いな』
信玄が追い打ちをかけるように言う。
『やめろ!愛はそんな女じゃねぇ!』
「落ち着け、幸。
俺でよければいつでも酒でもなんでも付き合うから」
『うるせー!』
そう言うと幸村は、雨の中庵を飛び出して行った。
『少し揶揄い過ぎたな…』
信玄が、肩をすくめて呟く。
『お前たち、本当に嫌なやつらだな』
謙信はあまり関心が無いように言う。
「仕方ない…責任を持って探してきます」
佐助が立ち上がる。
『悪いな、佐助。よろしく頼むよ』
信玄が佐助の肩を一つ叩く。
『世話の焼けるやつだな。あのくらいで。
髪を切る真意もわからぬまま怒り出すとは…』
相変わらず謙信は酒を飲み続ける。
『幸は、謙信みたいに色恋にはあまり縁が無いからなぁ。
困ったもんだ…』
『一緒にするな』
謙信は信玄に呆れた目を向けたが、すぐに杯を眺める。