第6章 恋の試練場 後編
女中が、湯を張った桶と、新しい襦袢や寝着、綺麗な手拭いを何枚か持ってやってきた。
家康は女中の手伝いの申し出を断り、帰すと
『火傷の軟膏追加してくるから、自分で出来るところは拭いておいて。
愛から見えないところの火傷は首の後ろくらいだから』
と、立ち上がる。
「届かないところは私がお手伝いしますよ」
と、三成が屈託のない笑顔で申し出る。
『政宗さんよりはマシだけど、愛の好きにして』
と言いながら二人を見やり、部屋を出る。
「え!いや、あの多分大丈夫…」
顔を真っ赤にして答える愛に、
「私は屏風の後ろにおりますから、困った事があれば呼んでください」
そういうと、三成も愛の視界からきえた。
(とんでもなく緊張するんですけど…)
そう思いながらも、折角のお湯が冷める前にと、
身体を拭きはじめる。
部屋の中には沈黙と、お湯の跳ねる音だけが響く。
改めて自分の身体を見れば、あの大火事に飛び込んだ割には火傷は少ない。
首の裏も触ってみたいが、長い髪が邪魔してうまく触れなかった。
「み、三成くん…ちょっとお願いしたい事があるの…」
意を決して声を出す。
「いかがされましたか?」
屏風の裏から声がする。
「髪を上げたいのだけど、簪どこかにあるかな…」
衣擦れの音がして、三成が動いたのがわかる。
三成はどこか探すわけでもなく、姿を表すと真っ直ぐ愛の元へやってきて、
懐から簪を出す。
「これ…」
愛が受け取って三成を見る。
三成から手渡されたのは、いつかの城下で三成が買ってくれた燕脂の簪。
火事の時にも付けていたものだった。
「元気になられた愛様にこの様な事を申し上げるのは躊躇われるのですが…
もし、愛様に万が一の事があった時は、これを形見にと思っていました」
申し訳なさそうな…辛そうな顔三成が言う。
が、すぐにパッと明るい表情になり、
「でも、こうして再び愛様にお渡しできる日がきて、
本当に本当に良かったです!」
三成が言うのだから、本当に自分の状況は危なかったのだろう…と
愛は思った。
政宗の火傷も思い出し、愛は胸がギュッと抉られる思いがした。