第5章 恋の試練場 中編
呼びかけるがパニックを起こしているのか、泣き叫ぶだけで動かない。
愛は意を決して奥まで駆け込み、子供を抱える。
(早く外へ…)
そう思うが、木造の店は、次々と燃えて瓦礫となり襲いかかる。
(あと少し!)
外が見えたその時、入り口の柱が倒れかかっているのが見えた。
(時間がない!)
「お母さん!お母さん聞こえますか!!」
愛は精一杯の声で女将を呼んだ。
何度目かの叫び声で気づいた女将が入り口付近まで駆け寄る。
(この隙間、子供ならいける!)
「僕、男の子だよね?強いよね?ほら、お母さん見えるでしょ?
一人で走れるでしょう?」
泣き叫ぶ子に優しく語りかける。
『お姉ちゃんも…お姉ちゃんも…』
肩を大きく上下させ、しゃくり上げながら子供が言う。
「大丈夫。お姉ちゃん、後から追いかけるから、先に走って?
大丈夫だから!ほら、お母さんとこ行って!」
そう言うと、柱と柱の間のまだ火の手が回っていない場所へと子供を押す。
駆け出した子供が、女将の手で抱きかかえられた姿を見たのが、
愛の記憶の最後だった。