第90章 残り香
「一期、大丈夫?早く部屋で休みなよ?」
「……え、は、はい?」
ぱっと顔を上げると、心配そうに覗き込んだ主殿が私の腕を掴む。
「えっと……?」
「さっきから空返事しかしないから‥寒くて具合でも悪くなったの?」
付き合わせちゃってごめんね、と手を引いて家へ入る様に勧める。
付き合わされてはいません、私が主殿と一緒に居たいんです。
先程、主殿と一緒に居られた方はどなたなのですか?主殿から誘われたのですか?あの部屋で二人、何をなさったのです?主殿はその方をどう想われているのですか?
主殿は私の事を……
胸の奥に押し込んでいたどろっとした気持ちが一気に溢れ出る。
「い、一期っ!?」
髪を耳に掛けた瞬間、また"誰か"が香った気がして、無意識に手を引いて歩き出していた。