第90章 残り香
主殿、と声を掛けた瞬間、すぐ横をベルを鳴らした自転車が走り抜ける。
「っさん!」
「び、びっくりした…ありがと。」
手を引き、腕に抱き留めると、ふわりと誰かの香りがした気がした。
「‥主殿は……いえ、気を付けて下さいね。」
先程まで、誰と居られたのですか?
投げたタオルの先に居たのは誰だったのですか?喉まで出掛かった言葉を飲み込み、手を引く。
私が起きた時に薬研は部屋で寝て居ましたから、長谷部殿ですか?燭台切殿?昨晩は猫部屋で休まれたから、鶴丸殿?それとも大倶利伽羅殿ですか?
考えても仕方の無い事だと理解しているのに、気付いてしまった"誰か"を考えてしまう。
さくさくと道を行く自分の足先を眺め、そんな事を考えているうちに、気付けば、また家の前まで戻っていた。