第90章 残り香
部屋のある階へ続く階段の隣の扉から、駐車場へ入る。しん、と静まり帰ったコンクリート剥き出しの広い無機質な空間に、カツカツと足音が響く。
「い、一期?一期ってばっ!」
「………。」
握っていた手が急に強く振られ、離れそうになり振り返る。
「一期!」
「…あ、主殿。」
だめだ、離れてしまう。この手が離れたら、また主殿が行ってしまう。またあの部屋で私ではない誰かと‥
そう思ったのと、身体が動いたのとどちらが早かったんでしょうな。
「い、ちご…」
「主殿‥いえ、さん。」
駐車場の冷たい壁に押し付けられ、胸の前で自分の手を強く握り、不安そうに見詰めてくる主殿を見下ろす。
乱れた髪を撫で、耳に掛けると、ぴくりと肩を震わせた。