第90章 残り香
外へ出ると、辺りはまだ静かで、遠くに犬の散歩をしている年配の方や、新聞配達員が見えるだけだ。
東の空がうっすら橙に染まり始めている。
「空気が澄んでいて、目が覚めますな…」
「本当、こんな早くに外に出るなんて久しぶり。気持ちが良いね。」
ぐっと伸びをして、冷たい空気を吸い込んだ主殿が、風はまだ冬だね、と笑う。
「それで、どちらへ?」
「えっ、あー…どうしようかな‥」
何も考えていなかった様で、腕を組み少し唸ってから、取り敢えず歩いてみようか?と、手を擦り合わせる。
はっ、と吐く息はまだ少し白く、上着を着たとはいえ薄着だ。冷えているのだろうと思われるその手を握った。
「…やはり指先が冷えておられますね、繋いで参りましょう。」
黙ったまま、小さく頷いた主殿と歩き出す。