第89章 教室の片隅で
Sサイド
「早く会いたかったから」
その言葉は途中で智くんの唇にのみこまれた。
「んっ…」
智くんの舌が入ってきて、俺の舌を探す。
始めはびっくりしたけど俺も智くんの舌に触れたくなって、さっきまで引っ込めていた舌を絡ませた。
粘膜がねっとりするようなキスに、顔も体も火照ってくる。
キスしたまま壁際に追い込まれ、背中が壁についた。
これ以上後ろに行けない状態が、更に胸を高鳴らせる。
「んっ…」
「はぁ…」
智くんの息づかいからも、俺と同じように興奮してるんだと感じた。
ドクンドクンと体が疼く。
膝に力が入らなくなってきたから
「も、おし、ま、い…」
智くんの胸に片手をあてて、そう伝えた。
ゆっくりお互いの唇を離していく。
熱いキスを交わしたのもあって、智くんの顔が見たいのに恥ずかしくて見れない。
壁に凭れたまま俯いていると、智くんも同じように壁に凭れた。
背中が壁についているから、辛うじて立っていられる。
「翔くん、呼吸は落ち着いた?」
「うん」
「体は?」
「えっ?か、体?体は…」
…まだ俯いてますけど。
「んふふ。さてと…日直の仕事しないとね」
お互いチラッと顔を見て、クスッと笑いあった。
休み時間になると、相変わらず智くんの席には友人たちが集まってくる。
本人がいる時もあれば、いない時もある。
俺たちは窓際に並んでいた。
「ねぇ、智くん。みんなさ、今日は何の話をしてるのかな」
「ん〜っ、来週発売されるDVDの話だったよ。気になるならさ、あっち行く?」
「ううん。DVDは多分あれだろうな〜って思うし、ここから様子を見てるのが好き」
「んふふ。そっか」
そう言いながら廊下側の自分の席の様子を見る智くんの眼差しはやっぱり優しかった。
「今さ“地蔵くん”って聞こえた気がする」
「えっ…マジで?」
心の声がした?ってアタフタする俺に、更に智くんが追いうちをかけてくる。
「今度翔くんが日直の時もさ、おーせしよっか」
「おーせ?」
「うん、おーせ」
「もしかして、逢に瀬って書く逢瀬のこと?」
「うん」
今“さすが母ちゃん”って聞こえた気がした。
俺の指に智くんの指が絡む。
みんなからは見えないように。
教室の隅から始まった恋は、今日も俺の胸を踊らせる。
END