第77章 耳をすませば
「ん〜っ」
空に手が届いて雲を掴めそうだな。
そんなことを思いながら伸びをした。
…あっ。
近づいてくる足音と息づかい。
やっと来たか。
「ちょ、ちょっと、大野く、ん」
俺のすぐそばに来たヤツが、膝に手をついてハァハァしている。
「なんだよ、息切れして。櫻井は体力ねぇなぁ」
「た、体力はあるよっ。今だって…あなたを探して、校内1周してきたんだからっ」
「はいはい。…ってかさ、いつも俺がいるの屋上じゃん」
「だからだよ。いつもここにいるからさ、今日は違う場所かもって…」
そう言いながら、櫻井はその場で大の字になった。
クスッ。
ここ以外の場所なんて匂わせたことないのにさ。
どうして“違う場所かも”なんて、そんな発想になるんだろうって思う。
「お前さ、俺を呼びに来たんだろ?何で休んでるんだよ」
「うん、そうなんだけどね。意外とポカポカして気持ちがいいなって…」
目を閉じて話す櫻井の顔をじっと見た。
白い肌。
じんわりと額にかいている汗。
紅潮している頬。
長い睫毛。
ぷっくりした赤い唇。
深呼吸して息を整えているから、唇が半開きなのが妙に色っぽい。
…そこに俺のを重ねたくなる。
そんな俺の気持ちを知ったら、お前はどうするかな。
「あっ、そろそろ時間だ。昼休み終わりっ」
ガバッと起き上がる櫻井。
空を見上げる横顔にも見惚れてしまう。
「ねぇ、大野くん」
「ん?」
「なんかさ、空に手が届きそうっていうか…雲を掴めそうだよね」
右手を伸ばして無邪気に言う櫻井にドキドキする。
俺もちょっと前に同じ事を思ってたから。
それがなんか嬉しかったりするんだ。
高3の俺たち。
この場所でこうしていられるのも、あと3ヶ月しかないんだな。