第68章 ボクと先生の事情
大野先生は包帯を僕の人差し指の付け根にクルッと1周巻き、そのまま唇を指に近づけた。
「えっ…?」
僕の指の赤紫に、先生がちゅっちゅっと口づけていく。
チラッと僕を見るその表情が妖艶で…ヒュッと息をのんだ。
少しずつ湿っていく指と先生の唇。
何だかキモチが良くなってきて
「あっ…ん…」
つい声が出てしまった。
「感じちゃったの?」
その問いに僕はコクッと頷いた。
「櫻井は…翔は可愛いね」
昨日に続き、再び“翔”と呼ばれて、胸の奥がキュンとなる。
大野先生は唇を指から離して、再び包帯を巻き始めた。
「ずっとこうして繋ぎとめておきたいよ」
「繋ぎとめていてください」
おでことおでこがくっつきあう距離でクスッと笑いあっていると、コンコン…とドアがノックされた。
「日傘を忘れてしまって…」
ドア越しにさっきの保護者の声がする。
先生と一緒に辺りを見渡すと、お互いにある場所で視線が止まった。
先生は肩を竦めながら立ち上がり、ベッド前の窓の下に立て掛けてあった日傘を取りに行った。
僕以外の人に優しく接する先生…
仕方がないことだけど、やっぱり胸はズキンとする。
ふと、左手の人差し指に巻かれた包帯を見たら、さっきの先生の言葉が甦ってきた。
“繋ぎとめておきたいよ”
会議を知らせるアナウンスが校舎内に流れる。
「あっ、行かないと…」
先生は僕を見て眉を下げた。
ちゅっ。
僕は先生の唇に口づけをし、保健室をあとにした。
オレンジから薄暗くなり始めた空。
この指の赤紫が消えてなくなったら…
アザやキズのないまっさらな自分で
気持ちをちゃんと伝えよう。
心にそう決めた。
END