第28章 55㎝の空間
「じゃあ…変顔で許す!」
「変顔?」
「うん。ポーカーフェイスの大野くんの変顔がね、前から見たかったから。」
「それでいいなら…。」
俺は渾身の変顔をした。
「あはははは。それいい、それいい!」
大きく口をあけて笑う櫻井くんは、最高に可愛かった。
笑いあってるうちに、駅の手前まできていた。
ホッとしたような…さみしいような…。
「櫻井くん、ありがとう。傘に入れてもらって。助かった。」
「うん、良かった。ごめんね、さっきは…変顔なんかさせちゃって。」
櫻井くんがワンタッチボタンを押して、傘を閉じた。
「ううん、笑ってもらえて良かったよ。」
「……。」
「櫻井くん?」
「俺、今“ごめん”って言っちゃったから…。ちょっとこっち。」
手を引かれて慌てていると、
バサッ
櫻井くんの片手で傘が再び開かれて…
ちゅっ。
ほっぺたにキスされた。
「えっ…?」
「これは…罰ゲームじゃないから…。」
櫻井くんは傘を俺に渡して、改札に入っていった。
「大野くん、また明日!」
ホームに颯爽と消え去る後ろ姿は、やっぱりかっこ良かった。
俺は、渡された傘を暫く眺めた。
55㎝のこの円の中で過ごした、十数分。
櫻井くんの隣を歩いて。
櫻井くんに顔を拭いてもらって。
櫻井くんのことを考えて涙して。
櫻井くんに変顔を笑ってもらって。
櫻井くんにほっぺたにチューされて。
櫻井くんの色んな表情が見れて。
初めて二人で過ごした相合い傘の時間。
いつまでも忘れられない思い出になるだろう。
…数年後。
映画館を出ると、ポツポツ雨が降ってきた。
「マジか…。」
バサッ
あの時と同じ音と同じ色。
そして
「智くん、一緒に入ろ。」
「ありがとう、翔くん。」
大切なキミと…いつまでも、いつまでも。
「愛愛傘~♪」
「んふふ。」
END