第8章 不可逆
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あくる朝。少しの腰痛を感じながらも、問題なく起きた。何だか、怖い夢をみた気がする。悪い夢をみていた気がする。
でも、私が起きたら、リビングにはセバスチャンがいて、朝食の準備をしてくれている。私は、ありがとうと声を掛けて、テーブルに着く。
ふと、思い付きで、セバスチャンに話し掛けてみた。
「ねぇ、セバスチャン。」
「はい、何でしょう?」
セバスチャンは、まるで昨日も一日を平穏に過ごしていたかのような穏やかさで、私に返事をしてくれた。……そう。私が昨日、金本マオを殺したことも、セバスチャンに男娼まがいの行為をさせたことも、全て何もなかったかのように。それとも、“悪魔”であるセバスチャンにとっては、昨日の事ぐらい、どうってこともないのかもしれない。その真意は、私には到底分からない。でも、今ここにセバスチャンがいてくれること、その事実だけを噛みしめよう。
「藁(わら)でさ、虫かごとか作れる?」
「は? 藁、ですか?」
セバスチャンは珍しく、不思議そうな顔をして、私を見た。平生と比べれば、軽く見開かれた瞳。その紅茶色の瞳は、芸術品のようですらあると思う。
「そう。藁。知ってるでしょ?植物を干して乾燥させた、あの藁。藁人形の、藁。」
「知っていますが……。何故、虫かごなど必要なのでしょう? キリエお嬢様は、それほど虫が好きなようには見受けられませんが。それに、藁は古来より、日本文化と親和性が高いものと存じてはおりますが、虫かごにするというのは、なかなか珍しい活用法であるように思われますが……。」
セバスチャンの言っていることは、ご尤(もっと)もだ。私は、別に虫なんて好きじゃないし、虫を飼育しようなんて気持ちも、絶無だ。
「まぁ、いいでしょ。あ、別に、そんなに凝ったモノは作らなくていいから。むしろ、使い捨てのクオリティで充分。そこに、蝶々2~3匹、入れてといてよ。それで、その虫かごを持って、夜に出かけよう、って話。」
「はぁ……。」
セバスチャンは、何とも納得できないといった感じだった。それでも夕方には、私が言った通りのものが、玄関に置かれた。