第1章 契約 ~前編~
その日を境に、嫌がらせは、どんどんエスカレートしていった。前だったら、嫌味を言われるぐらいだったのが、私物を隠されたり、壊されたりするようになってきた。頑張って耐えなきゃと思ってはいるけれど、それだって、限度というものがある。でも、家族に相談したら、今度こそ本気で心配させてしまう。それは、私の本意じゃない。
「翔くん……。」
職場だというのに、私はその名前をひとり呟いていた。
夜、翔くんが、私に会ってくれるって、言ってくれたので、私はホッとした。
「あ、あのね……。実は、ね……。」
翔くんを見るとすぐに、今まで我慢していた言葉が、堰を切ったようにして溢れだしてきた。私の言葉は、嗚咽と共にひたすらに流れ続け、自分でも止められなかった。溜まりに溜まったものが、出口を求めて、暴走しているようだと、遠くの意識でそんなことを考えていた。だから、私は、翔くんの変化になんて、全く気付かなかった。
「お前、さァ……。」
「……?ひっ、……っく、う……。な、何?翔くん……?」
「いつまでも、グズグズうるせェんだよ。いい加減その頭の悪さにも飽きたんだって……。分かんねェの?鬱陶しい……。」
私は、彼の言葉を聞いて、背筋が凍る思いがした。
「……。」
私は、言葉を失った。
「あんまりオトコ経験無かったみたいだし、素直だったから、まァいいやと思ってたけどさァ……。」
彼の態度は、私への嫌悪で満ちていた。
「もういいわ。完全飽きたわ。セックスも、ここ最近は満足にできねェし。」
彼は、そう吐き捨てた。私の心臓は、凍ったように冷たくなった……そんな気がした。
確かに、ここ最近は、私の体調も悪くて、彼が求めてきたところで、あまり彼の望むようには出来なかった。……体力的にも、精神的にも、もう無理だったからだ。
「もう、終わろ。もうお前とは、カレカノでも何でも無いから。ったく、こんな重いメンヘラ女だとは、俺も大概ハズレくじ引かされたわー。ほら、出て行けって。」
私は、もう何も考えられず、彼のもとを後にした。
その日は、涙が止まらなかった。