第5章 鳥籠
「で、でも、コレって、そんなに大切なの……?だって、セバスチャンは、殺そうと思えば、いつだって私を殺せるわけだし、わざわざ契約なんてしなくても、いくらでも魂を奪えるんじゃ……?」
おぼろげに頭の中に浮かんだ疑問を、私はそのまま口にしていた。私は今日、死体そのものを確認することはしなかったが、ただひたすらに広がった紅を見た。セバスチャンがその気になれば、私など一瞬で殺せるだろう。『お嬢様』と『執事』なんていう体裁を取ってはいるが、こんなものは火を見るよりも明らかなおままごとだ。私がセバスチャンの立場なら、こんなにまどろっこしい手段は取らないだろう。
「悪魔には、美学がありますから。そこは、人間と明らかに異なる所でしょう。」
「び、美学……?」
セバスチャンの右手が、私の胸元から離れた。キャミソールの裾がはらりと下へ落ち、私の契約書は服の下に隠れた。
「悪魔は、契約書を持つ者の下僕となります。そこに、人間のような損得計算は一切入り込みません。契約に従う事こそが、悪魔の美学です。」
「で、でも、美学って……。美学って、守らないと、ペナルティとか、ある、の……?」
人間の場合、契約を守らなければ、法律によって罰せられたり、今後何かとやりにくくなったりする。そういうペナルティがあるからこそ、契約は守られる。逆に、ペナルティが一切ない契約なり約束なりをどれだけ交わしても、損と得が天秤にかけられて、結果として契約が守られないことなんてままある。
「そこは、悪魔と人間です。根本的に異なる価値観を持っているとお考え下さい。」
セバスチャンは、ハッキリと言い切った。
「確かに、悪魔には人間のような社会的な法はありません。ですが、だからこそ己の美学を持っています。気軽に約束を、『契約』を交わすことが無い代わりに、それを破ることもまた、無いのです。」
「そ、そうなんだ……。」
正直、よく分からないけれど、そういうものなのだろう。